アニキはパイレーツ
（１）
砕け散る波しぶきを背にして、烈風の中をものともせず海賊船が近づいて来る。
冬の、北アフリカの沖合で難破したファビオの漁船は、今まさに、アラブ人の海賊に救出されようとしていた。波頭を縫いながら、どんどん近づいてくる海賊船は、あっというまに接舷して、乗組員たちが甲板に乗り移って来た。
海賊船の甲板で、乗組員たちを指揮する首領の長い頭衣のすそが風にはためくのを、マストにしがみついて波に流されまいとするファビオは見ていた。海賊の首領は、嵐の波頭よりも轟く重低音の声を響かせている。
必死で見つめるファビオの姿に、その首領は眼をとめた。
眼が合ったのは、一瞬だったはずなのに、まるで時間が止まったかのように感じた。
漁船の帆布は強風に敗れてボロボロだ。船体は座礁して傾き、舷側から白濁する波をかぶっている。そんな生き死にの瀬戸際にいるというのに、ファビオは、アラブ男の剛胆な声に聞き惚れ、猛々しい姿に見入ってしまっていた。
「……なんで、俺だけ？」
ファビオたちは命が助かったものの、アラブ人海賊の捕虜にされた。イスラムに拿捕されたり救助されたりしたキリスト教国の乗組員は、大抵そうなる運命だった。
「バイバルス様のご命令だ。早くしろ」
海賊に人質にされた男たちが収容される『岩風呂』と呼ばれる洞窟から、たった一人、ファビオだけ、どこかへ連れて行かれようとしていた。
「おい、なんで俺を……。嫌だ、放せ！」
両脚を踏ん張って逆らう彼へ、さっきは片言のイタリア語で命令した水夫が、彼の喉元に半月刀を突きつけ、今度はアラビア語で何かひとこと言った。ファビオはアラビア語がわからない。だが、言うとおりにしろと、威嚇されたのは嫌でもわかった。
（バイバルスって……もしや）
しぶしぶ引き立てられながら、不安九割と期待一割の、妙な気分になっていた。救助されたときメインマストにしがみついていた若い漁師はおまえかと、この水夫は言った。ファビオが、そうだと返答すると、たちまちのうちに奴隷用の鎖で両手を後ろ手に縛られてしまった。左足に足枷もはめられたまま、荷車にのせられた。
ここはアラブ海賊が根城にする北アフリカのチュニジアだった。海岸沿いの街はアラブっぽい猥雑な雰囲気はあまりなくて、ビザンチンの名残がある古代ローマの建物が目立つ。シンドバッドの物語の世界を漠然と想像していたが、ここは異文化と異文化が、あざやかに融合した風が吹いていた。
しばらく街の中を荷車にゆられていると、イスラム様式の屋敷に着いた。彼をのせた荷車は、その屋敷へ入っていった。
窓の外からは、異国の楽の音色が流れていた。屋敷のどこかの部屋で演奏されているようだ。音色は気だるいムードで、室内は暖かだった。
ファビオは、こんな広い部屋に一人でいるのは生れて初めてだった。正確には、扉の所に見張りがいる。でも、彼はまるでお客様みたいに、豪華なペルシャ絨毯の上で、幾重にも置いたビロードのクッションに埋もれて座っていた。これで足枷がなく、両手も鎖で縛られていなければ、本当にお客様気分になれたかもな、と優美な居室をきょろきょろ見回しながら思った。
退屈しはじめた頃、扉が開いて、男が一人、ゆったりとした風のように部屋へ入って来た。
「気分はどうだ？」
流暢なイタリア語で声をかけられた。胸がドキリとして返事が出来ない。
心に深く残っていた嵐の海での印象的な男の声を、ファビオは再び耳にしていた。
「俺はバイバルス。おまえたちを救助した船の船長だ」
部屋の上座にあるトルコ風の低い長椅子へ腰をおろしながらバイバルスは言った。
「おまえの名はファビオ……ロサ島のファビオだな？」
緊張してうなずく彼の日に焼けた肌は、仄かに汗ばんでいた。
海賊の首領は、こうして近くで見ると、当たり前だが怖い顔をしていた。印影の濃い彫りのある容貌で、猟犬みたいなギラついた眼で凝視されると、逃げられるものなら逃げ出したかった。
「おまえの怪我は、たいしたことないと聞いた」
そのとおりなので、ファビオはまた仕方なくうなずいた。
「他の漁師たちから、おまえには、島に身寄りがないと、聞いた」
またもそのとおりだったが、今度は黙ったまま、じっと相手の顔を見つめ返した。頬から顎にかけて黒い癖毛の髭を密生させているバイバルスの、野蛮に大きい唇には微かに笑みが浮かんでいた。その意図を読み取れないまま、ファビオは、アラブ男の眉間にくっきりと印されている刀傷を見た。
身体のいたるところ、他にもたくさん傷痕がありそうだ。身長は、中背のファビオと同じくらいだが、かなり骨太で、横幅はがっしりしている。バイバルスの年齢は見当がつかなかった。彼と同じぐらいの二十代前半にも見えるが、四十代後半にも見える。濃い褐色の肌は、マホガニーを磨いたみたいにツヤツヤしているが、眼尻と額には刻んだような皺があった。
「身寄りがいないおまえの身代金は、俺たちに支払われないことになるだろう」
ファビオは強張ってしまった。この男の言うとおりになる可能性は高かった。
アラブ海賊たちは、商船の積荷を略奪する他に、その襲った船の乗組員たちを人質に取って身代金を請求することも重要な商売にしていた。彼のような難破した船の乗組員を救助するのも、バイバルスたちにとっては大切な稼ぎになる命懸けの仕事だった。
「このまま期限まで身代金が支払えないなら、おまえは奴隷になるしかない。が、俺はおまえに、別の途を用意したいと考えている」
相手がなにを言おうとしているのか、見当がつかない。ファビオはますます緊張して、背筋に汗を流していた。どうしたら自分が助かるのか、頭はぐるぐるしっぱなしだった。
きっと、他の漁師仲間は身代金を用意出来るだろう。でも自分には用意してくれる人がいないから、出来ない。島の人間で、他人の身代金まで払える余裕のある者はいない。身代金が払えなければ、アラブの奴隷商人に売りさばかれることになってしまう。
（……あ、待てよ）
いるかもしれない。そうだ、いる。あの男なら、支払ってくれるかもしれない。
（そのかわり、確実に見返りを要求されちまう……）
ファビオは、小さな島の漁師だ。幼い頃に両親を亡くし、身寄りのいない彼は漁村の中で育った。それ以外は、特に人に語ることもない、極めて平凡な人生だった。
ところが、三カ月ほど前から、誰にも言えず隠していることがあった。
ローマから、彼の住むロサ島の教会へ左遷されて来た、フランチェスコ司祭に関してのことだった。
三十歳になったばかりの青年司祭がなぜ左遷されたのかというと、なんと大胆にも教皇庁で醜聞を起こしたからだ。その処分として、華やかなローマから、ティレニア海に浮かぶ離島へ追いやられることになったらしい。島に赴任してからも、司祭には全く反省の様子はなく、非常にサバけた日課を行っていた。
ファビオは敬虔な信者なので、出来るだけミサへ出ていたが、そのたびに男好きの司祭からナンパされ続けていた。色男のフランチェスコ司祭は、僧侶騎士団あがりということもあって、堂々たる体躯の持ち主だった。身にまとう一応質素な僧服が、上等の絹の衣に見えてしまうほどの……。
甘い言葉で巧みに愛を語る司祭は、誰でもときめいてしまうような美丈夫だ。
切々と口説かれ、抱擁され、その硬くなった股間を強く押しつけられると、グラッと、よろめきそうになる。司祭の攻勢に耐え、ファビオは必死で踏ん張っていた。
男同士でナニをどこまでするのか、正直いって、興味はあった。そんな自分が好色な司祭の誘いにのれないのは、仮にも聖職者と、いかがわしい体験をするのが、やっぱり怖いからだった。
現在のフランチェスコ司祭は、離れ小島で暮らさざるをえないが、ローマの有力貴族の子弟なので本来はたいそうなお金持ちだ。お願いすれば、彼の身代金を支払うことぐらいわけないはずだった。そのかわり、司祭のお願いにも、ファビオは身をもって応えなければならなくなる。
（奴隷になるよりは、絶対、マシだ！）
自分に強く言い聞かせる。それにこういう理由なら、司祭とただならぬ関係を持っても、きっと神はお許しになるに違いない。
だがしかし……心の中でファビオはまだ唸っていた。
そんな都合よく神の許しが得られるなら、みんな、とっくの昔に、あらゆる快楽を味わい尽しているはずだ。
「ファビオ、俺の提案を聞いてみるか？」
黙ったまま考え込んでいた彼へ、いつのまにか長椅子から立ちあがったバイバルスが近づいて来ていた。ゆったりしたアラブ風の寛衣を着た男は、身体を寄せ合うようにして脇に座ってきた。
「俺は、おまえが気に入ったのだ。難破した船の中で、おまえはその黒い褐色の眼に強い光を持っていた。全身に凄まじい波しぶきをかぶっていながら、怯えの色がなかった」
言いながら、指をのばし、彼の顎をつかんだ。
ゴツゴツと節くれだった太い指が、無精髭が浮いた顎に食い込みはじめる。
「俺はおまえを、義兄弟にしたい。だが、異教徒をそうするわけにはいかない。だから改宗しろ。そうすれば、おまえは奴隷にならずに済む」
あまりの意外な『提案』に思わず息を飲んでいた。まばたきも出来ず固まってしまったファビオの腰を、もう片方の手がつかんでくる。髪を短く刈った彼のうなじへ、バイバルスは顔を寄せてきた。湿った熱い息が素肌にかかった。
「おまえからは、汗の入り混じった甘酸っぱい匂いがするな」
欲望のあらわになった声に、自分の置かれた状況を否応なく認識した。
異教徒は、ごく日常的に、女の代わりに男を犯す、と噂で聞いたことがある。
バイバルスはそれをファビオへしたいらしい。
（もしそうだったら、俺どうしたらいいんだ……？）
司祭との行為は想像できても、アラブ男とのソレは想像がつかなかった。セックスの仕方も違うと、ベテランの船乗りたちは言っていた。
（いや……、そりゃ、興味が全然ないわけじゃねえけど……）
はっきり言って、バイバルスのことは嫌じゃない。海賊の首領だし、まだ得体の知れない恐ろしさは感じているけれども、ファビオが救助されたとき魅了されたように、相手の方でも自分に惹かれていたなんて嬉しかった。
（でもな、フランチェスコ司祭様が俺の身代金を支払ってくれたら……）
この男の提案にのるのは危険だ。そう、一番の問題は、改宗しろと言われたことだ。
（俺、それだけは出来ねえ）
理屈じゃない。アッラーの神への信仰心は、どう頑張ったって、生れっこない。
（でもでも、やっぱり、身代金が払ってもらえなかったら……）
そうなったとしても、バイバルスの『提案』を受け入れるのは無理だ。改宗するなんて、自分には死んでも出来ないのはわかりきっている。
となると、奴隷になる途を選ぶしかない。
だがしかし、奴隷商人へ売られるとは限らなかった。この男を拒絶するファビオに、理不尽な怒りが向けられることもありえた。
海賊の首領は、キリスト教徒の首を落とすことなど、なんとも思っていないように見えた。むしろ嬉々としてやりそうな気さえする。身体がふるえそうになるのをこらえて、彼は心の中で聖句をとなえた。
「お、俺の身代金を、払ってくれる人はいる。……ちゃ、ちゃんと請求してくれよ」
それだけなんとか言うと、ファビオは太い眉根を精一杯よせて相手の顔を睨んだ。
バイバルスは、彼の黒褐色の瞳をジッと見つめ返しながら、顎にかけた指により力を込める。
「誰に請求すればいいか、言ってみろ」
間近に迫るその眼光に怯みながらも、はっきりと言った。
「聖ヨハネ教会のフランチェスコ司祭様だ」
しばらくバイバルスは黙っていた。小さな島の司祭にそんな財力があるのかどうか、いぶかしんでいるようだったが、ファビオの表情に嘘はないと見て取ったようだ。無言のまま立ちあがると、ゴツい肉体に似会わない優美な動きで壁際へ行き、天井から下がっている飾り紐を引っ張った。
ほどなくして、白人の老下僕が入室して来た。アラビア語で何事かを口早に命じてから扉へ向かいかけたバイバルスは、振り返り、じっくりと名残惜しそうに彼を見つめてから、入って来たときと同じく、風のように居室を出ていった。
（２）
ルネサンスの香りが、地中海へ至るティレニア海に浮かぶここロサ島でも、教会内の壁面を彩るフレスコ画から微かに漂うような宵のことだった。
右手に書状を持ち、もう片方の手で、金色がかった美しい栗色の、伸ばし放題の髪をかきむしりながら、フランチェスコ司祭はうめき声をあげた。
「おお、ファビオが……、なんということだ！」
口説いても、口説いても、なかなかなびかない若者をオトすのが、たまらない楽しみの司祭にとって、ファビオは島の生活に潤いを与える希望の光だ。その彼が、こともあろうに海賊に囚われるとは……と、祭壇の奥におわす聖母像のたおやかな御姿を恨めしげに見ていた。
「それにしても、なんと高額な……」
地中海一帯をシマにするアラブ人海賊は、超現実的な連中のはずなのに、ファビオの身代金は法外だった。他の漁師たちとケタが二つも違った。ファビオ以外は、貧しい小さな島の漁師の身代金としては、まともな相場の額だ。
しかし、健やかな魅力に満ちたあの若者の価値を思えば、無理もないと嘆息するフランチェスコ司祭だった。
彼はしばし黙考した。自分の一族は裕福だ。けれどもローマの親族を頼らなくとも、海賊どもが提示した額は、司祭が島へ住むにあたって揃えた家財を売れば用意できる額だった。
「……ふむ」
そういう誠意の見せ方も、悪くない気がする。
彼の住まいを、ファビオはかなり贅沢だと思っていたのを、知っていた。島の若者にとっては贅沢な暮らしも、ローマ貴族のフランチェスコにしてみれば、むしろ清貧な生活に他ならないが、あえてファビオが感じるままに任せていた。
こうして瞼を閉じれば、あの若者の、黒に限りなく近い褐色の艶やかな、さざ波のようにうねる髪と、潮風にさらされ金色に日焼けした肌と、髪の色と同じく黒褐色のつぶらかな瞳が、脳裡にあざやかに広がる。
ひそめた声で愛を語る司祭を困ったように見つめ、頬を赤く染める素朴な漁師の若者を、いつも熱く抱擁せずにはいられないものだった。ファビオは大抵、麻シャツの胸元の結び紐をほどいていた。みぞおちのあたりまで切れ込んだ、ゆったりした麻布からあらわになる張りのある胸筋を見るにつけ、力強いに違いない若者の男根が、己の体内を熱く満たす瞬間を夢想してやまないほど、フランチェスコは放蕩司祭だった。
「よし！」
身代金を払うと決めた司祭は、島の商家街へ向かうべく、勢いよく教会から飛び出していった。
身代金の受け渡しの期限は、次の満月までの三週間後だった。
仲間の漁師たちとは別に、ファビオだけ、首領のバイバルスの屋敷に幽閉されている。
あれからバイバルスは、ちゃんとフランチェスコ司祭へ身代金を請求したと、ファビオにとって喜ばしいことを告げてくれた。だが、困ったことも付け加えた。ロサ島の司祭は、ローマの裕福な貴族の出だから、その支払い能力に見合った額を請求した、と。『岩風呂』へ収容した漁師たちから、司祭がどのような人物か、抜かりなくリサーチしたようだった。
「島の司祭は、おまえたちから親愛の情は捧げられているようだが、尊敬はされていないようだな」
人を食ったように言う男の言葉に、ファビオは頬を赤らめた。漁師仲間たちは、たいそう物分かりのいい司祭が好きだったが、確かに、かの聖職者を敬う感情は持ちあわせていなかった。フランチェスコ司祭へ対して、そう思えというほうが無理というものだ。
果たして、その高額な身代金を用意してもらえるのかどうか。ファビオは懊悩する。あの司祭が、自分へそこまでの価値を感じているとは、さすがに思えない。ここで身代金を払わないからといって、島の誰も責めたりしない。仕方のないことだとされるのが、当然のことだ。それに司祭にとっては、彼の代わりに、また好みのタイプを見つければいいだけだろう。
「バイバルス様が、お呼びだ」
世話をしてくれているギリシア人の老下僕が、部屋の扉を開けた見張りの指示を、通訳してくれた。長椅子からファビオは立ちあがり、老下僕の後について廊下へ出た。
夕日が、きれいな碧色のタイルで微細な模様に装飾されたアラビア風の回廊を照らしている。回廊にそよぐ澄んだ空気を深々と吸い込んだ。この屋敷へ幽閉されてから、もう何日過ぎたんだろう、とファビオは思う。
見張りの男たちに、前後を挟まれ廊下を進んだ。天井が低くて石壁がむきだしになった、ムッとするような暖かい部屋へ着くと、服を脱がされ、彼は全裸になった。胸にさげた十字架だけが、ただ一つ、裸体の飾りになっている。
わずかに首をかしげながらファビオは、点検でもするように、己の裸をジッと見つめた。漁の仕事で鍛えられた胸筋が誇らしく盛りあがっている。くっきりと割れた腹筋も逞しいし、股間にブラさがるチンポはなかなかのデカさだ。漁師仲間で、一番デカイのは彼のだと評判だった。それに見合う金玉も袋の中に堂々とおさまっているのだ。陰毛も、もうしぶんなく濃い。太腿も男らしく発達している。
（間違っても俺って、女の身体には見えねえぞ）
立派な雄の身体をした自分に、アラブ男の海賊が食指を動かす理由は、フランチェスコ司祭と同じ趣味をしているからなのか……。それともやはり、女の代わりにしたいのか……。イスラムの掟はよく知らないが、バイバルスの立場なら、女には困らない気がする。とすれば、ファビオを女の代用にする必要はない。
（結局……単に、男も好きなんだ）
そう納得すると、老下僕のさし示す、次の間へ、ゆっくりと歩いて行った。歩きながら、この部屋の両壁にそって置いてあるイタリア産の白亜の大理石を、彼は不思議に思い交互に視線を移す。座わるのにちょうどいい高さだが、テーブルのように上面が平らで、側面は自然の形状を生かして磨いてあるだけのようだった。
隣の部屋への入口で、しばし立ち止まり、覚悟を決めるように息を深く吸って、木の扉を開けた。今いる所よりも、さらに熱く湿った空気が押し寄せてくる。
これから、自分がなにをされるのか、という不安はほとんどなかった。それよりも目新しい場所へ来て、ワクワクする気分が強くなってきた。
明かり採りの小さな窓から差し込む、わずかな夕日の光で、中はぼんやりと見えた。白くもやのような湯気が漂っているそこは、室内というより、岩をくり抜いた洞窟めいている。一歩中へ入ると、床が熱いことに驚いた。敷きつめられた岩のタイルは、どういう仕掛けになっているかわからなかったが、ほどよく熱されている。
なめらかに磨かれているので、しっとりと気持ちのいい感触が足の裏に感じられた。けれど、蒸気のような湯気が満ちる部屋に、ファビオはだんだん息が苦しくなってくる。
（これって、アラブの蒸し風呂だ……）
壁際には腰をかけるための岩がある。その一角に座るバイバルスは、立ちつくしている彼の裸体をなめるように見た後で命じた。
「俺と一緒に汗を流せ」
その低音の声は、岩の壁と湯気ですばらしく反響した。この声を聞くだけで、身体の芯がどうしようもなくふるえる感じに、意識していなかった抵抗感を挫かれるようで、ファビオは困惑した。
海賊の首領から離れて腰をおろす。そばへ来い、と言われなければ、なるべく近寄りたくない。蒸し風呂の中は二人のほか、誰もいなかった。見張りも老下僕も、外の控えの間にいる。ファビオには足枷がなく、バイバルスも武器を帯びていない。どちらも真っ裸だった。
逃げるなら、今かもしれない。でも、刀を持つ二人の見張りを倒せる自信もなければ、その先にいるかもしれない沢山のアラブ人たちから逃げきれるとも思えなかった。
しんとして、湯気の白いもやを見るともなく見て、彼は視線を彷徨わせる。
バイバルスとは眼を合わせるのが怖かった。緊張していたせいかしばらくは熱さを感じなかったが、しだいに息苦しさが増してきた。蒸し風呂に生まれて初めて入ったファビオは、だいぶのぼせてきてしまっていた。
チラッとだけ相手を見ると、まだ平然としている。彼より先に入っていたのに、浴室の熱気が少しも苦にならないみたいだ。逆に、気持ちいいのかもしれない。
もうファビオの息はつらくなってきた。汗も凄くかいていた。まるで水をあびたように皮膚の上を流れていく。我慢もここまでと、バイバルスの顔を見て、うめくように息を吐いた。
「そろそろ出るか」
ニヤリとして言いながら立ちあがり、彼へ歩み寄ってくる。
近づいて来る海賊の首領の股間を、思わず凝視してしまった。臍のあたりから密生する腹毛は、下へいくほど濃くなって、股ぐらから太腿にかけ凄くもしゃもしゃしている。その黒々とした毛の中からニュッと生え、ぶらさがっている海賊のイチモツは、今まで見たこともないほど雄の形があからさまだった。大きさは、ファビオのほうが勝っているような気がしないでもない。しかしソレは、まだ勃っていないのに、ずるムケだった。
どんどん自分へ近づいて来るムケきったチンポがゆれるのを見て、朦朧としかけた意識が嫌でもはっきりした。ファビオは反射的に逃げようと、壁に手をついて立ちあがりかける。バイバルスは、ふらついて立ちあがる彼の腰へ腕をまわしたかと思うと、苦もなく両腕に抱きかかえた。
暴れてその腕から逃れようともがいたとたん、むわっ、と漂ってきた相手の汗の匂いを、思わず吸い込んでしまった。獣じみた、強い体臭がした。胸のドキドキが信じられないほどひどくなって、抵抗する力が失せ、海賊の首領の成熟した雄の匂いを嗅いでいた。どうしてそんなことをしてしまうのか、ファビオは自分がわからず、焦りはじめる。
蒸し風呂にのぼせたばかりでなく、裸の男と密着した彼の鼓動の乱打はますます激しくなっていく。力強くファビオを抱きかかえる、その筋骨逞しくずっしりした肉体の厚みを、触れあった汗ばむ肌を通して感じていた。
浴室を出て控えの間に着くと、例の大理石の上へおろされた。バイバルスも並んで座ると、すでに待ちかまえていた下僕たちが、水に浸したヤシの葉で、二人の皮膚をなでるように扇いだ。ほどよく汗が引くまで、それをくり返す。のぼせがおさまり、身体がほぐれて気持ち良くなったファビオは、ようやくリラックスしてきた。
「これからは、俺が風呂へ入るときは、おまえも一緒に入れたい。嫌なら、無理強いはしない。どうする？」
抱きかかえられるのは嫌だが、それ以外は別に嫌ではなく、蒸し風呂に慣れれば、不様にふらつかないだろうと、彼は考えた。しかもこうして風呂あがりに、ヤシの葉で水の粒を打たれるのは、最高に気持ちがいいと、感じてしまっている。
「……バイバルス様の、お望みのままに」
ギリシア人老下僕から教わった返事の仕方で、ファビオは答えた。
すると、海賊の首領は破顔し、彼の頬を両手で挟み込んだ。
「蒸し風呂は身体にいいぞ。おまえの健康管理は俺がする。身代金が届くまで、この屋敷に居てもらう」
やや興奮気味に話すせいか、流暢だと感じたイタリア語が子供のような調子になっている。ファビオは、機嫌のいいバイバルスへ、とりあえず笑顔をむけた。健康を気遣ってくれるということは、島の司祭へ身代金を要求する際『ファビオは無傷で元気に帰す』と伝えたに違いない。身代金を確実に支払わせるためだろうけれど、丁重に扱われることに、異存はなかった。
さらに笑みをこぼすと、バイバルスの両眼は風呂あがりのものとは別の熱っぽさを帯びてギラついてきた。
「笑ったおまえは、ますます可愛いな」
その言葉に戸惑う間もなく、顔が接近してきた。
突然、強く押しつけられた唇の感触に、疼くような感情が、どっ、とファビオを襲った。バイバルスは、下僕が見ていようが、見張りの手下に見られようが、おかまいなしだった。ファビオは歯を食いしばることも忘れて、侵入してきた暖かい濡れた舌に、口の中をまさぐられた。
「っん……む……」
野獣のような勢いで、舌が噛みちぎられるほど吸われるのかと覚悟したけれど、意外にも柔らかなゆったりした動きで、歯茎の裏をさぐってきたり、口蓋をこすったり、舌と舌を絡め合わせてくる。何度も割って入ってくる相手の分厚い舌を、なんとか押し戻そうとした。
抵抗しようとするファビオの、蒸気と水に濡れた後頭部を、バイバルスは強く両手でかかえ込み、唇と舌を奪い続けている。そうされているうちに、相手の舌を受け入れまいとする抵抗は完全に萎えていった。
ちゅくちゅく、と唾液の絡む音が唇の端からもれはじめる。彼は舌が痺れるような、鈍く熱をもってしまった感じに、ほとんど羞恥に近いようなぎこちない気持ちが膨らんできてしまっていた。
（どうしよう……、どうなるんだ……、ああ……、こんな、こんな……）
意思のはっきりしない思いがどんどん満ちて来る。
ひどく満足気な、雄臭い深くあえぐような息を聞いて、それが、ようやくバイバルスの唇が離れた自分の唇から出たものだと、しばらくしてから気づき、ファビオの全身は熱くなった。
「俺のキスで興奮するおまえは、もっと可愛いな」
耳元で囁かれた衝撃に、完全に身体から力が抜けきり、より強く、相手に支えられてしまう。バイバルスの声は、ゾッとするほど魅惑的だった。腰の奥で変に熱が凝っている。
「今日はここまでにしよう。こんどはもっと身体にイイ、気持ち良いことをするぞ」
上気した肌に、袖のない長衣を羽織った男は、全裸のファビオを大事そうに両腕で抱きかかえる。情けないことに、抱きかかえられたまま彼は居室へ戻った。
身代金が無事届くまで、自分の貞潔が守られるのかどうか、極めて危うい状況だと思った。聖母マリアに加護を願うが、やはり、アッラーの地では、アッラーの神のパワーのほうが勝っているような不埒な考えを、心の中から追い払うことは出来そうもなかった。
（３）
二日に一度の割合で、バイバルスは入浴をしていた。それはファビオにとって、驚くべき習慣だった。キリスト教国ならば、王侯貴族でも、そんなに入浴しない。しかも、入浴する二回に一度は石鹸を使って身体を洗い、週に一度は、肌の垢をこすっている。
ファビオが着ているアラブ風の寛衣も、上質な白いエジプト綿で、つねに清潔なものを与えられた。寝台にシラミは潜んでいないし、幽閉された居室には甘い香りのする花が飾られている。ときおり窓からそよいでくる外気も、さわやかに澄んでいた。
イスラムの生活は、衛生観念が欧州のそれよりも発達していると、ファビオ付きの老下僕は教えてくれた。なかでもバイバルスは、あの荒くれた容貌からは全く想像もつかない、信じられないほどの、きれい好きだと、彼は思った。
食事もおいしかった。新鮮な果物、オリーブ油をたっぷりかけて焼いた野菜、青々としたレモンをしぼりかけて食べる豆のスープ、アーモンドとナッツをいっぱいのせて焼いたチキン、ヨーグルトで煮込んだ羊肉、油で揚げた白身の魚やエビ、そしてピザに似た平たいパン。パンと果物以外は、毎日違う料理が出てきた。
島での生活より、ファビオはずっといい暮らしをしている。幽閉された直後、足枷も外してもらえた。見張り付きではあったが、屋敷の庭を散歩することも許された。それでも動き足りない気分のときには、室内で逆立ちしたり、バイバルスの飼い猫と遊んだりした。
アラビア語を片言でもいいから覚えるようにと、バイバルスに命じられて、仕方なく老下僕から教えてもらっていたが、そもそも囚われの身で、昼間は他にすることがないのも確かだった。これで自由の身だったなら、不満はないかもしれない。
いや、二日に一度の、あの蒸し風呂への入浴さえなければ、囚われの身のままでも、本当はかまわないと思っていた。
あれから二度目の入浴をさせられたとき、恥かしくてたまらない、でも凄く気持ちのいいことをされてしまった。それからもう何回もされている。彼の身体が、待ち遠しくさえ感じる行為を、どうにかして、やめさせたいのに……。
それなのにファビオは、あの男に、やめて欲しいと言えなかった。
（俺にあんなことをするのは……食事や寝床の代金がわりだ。……そう、代金だ）
割り切るように、自分へ何度も言い聞かせる。けれど、あの野獣のような双眸に、男らしい情熱と鋭敏な知性を感じると、どうしようもなく激しい熱い波に飲み込まれた気分になった。
海賊稼業やこの屋敷での主ぶりを見ている限り、バイバルスの行うことは合理的な柔軟性がある。その一方で、とても抑制の効いた性格は頑固に見えた。しかも、恐ろしく辛抱強い。
そう考えると、誰かさんと正反対だった。
決断が早くて、気が長いところは似ていなくもないが、根本的なところが違っているのだ。
フランチェスコ司祭は、奔放で羽毛のように風まかせでふわふわしている。
バイバルスはまさに海賊船のように神出鬼没な男だが、何事にも明確な目的があって動いている。ファビオが嫌がることは、今のところ一切しないのだ。
「くそっ。……俺の、バカヤロー」
寝台に両肘をついて、就寝前の祈りをしかけて、挫折した。息を深く吸い、もう一度、姿勢を正す。彼は島の日々の生活でも毎晩祈りを欠かさなかったが、なにかを深く考えて祈るわけではく、簡単な聖句を唱えるだけだった。
しかし、蒸し風呂での行為を経験してからは、聖句を唱えることは信仰を穢す気がして出来なかった。ただ、ただ、己の身に起こったことを、悔い、戒めるために、これ以上、あの海賊に身も心も奪われないようにと祈っている。
（ああ、神様、これから俺が心の中で話すことに、その耳をおふさぎください）
ファビオの二度目の入浴は、最初のときのようにのぼせたりはしなかった。むしろ、後になってから、いっそのこと前後不覚になるぐらいのぼせれば良かったのに、と後悔するぐらい意識は最後まではっきりしていた。
蒸し風呂で、身体を温め、ほどよく汗をかいたところで、垢こすりをする下僕たちが入ってきた。垢をこすり、さらには石鹸で身体の隅々まで洗ってくれたが、他人に身体を洗われた経験がないファビオはひどく焦った。
ふんだんに石鹸を泡立ててもらえるのは気持ちがいいし、面白かったが、股間だけは自分で洗いたかった。断ろうとしたが、バイバルスが許してくれなかった。
それどころか念入りに洗われた。岩の椅子に手をついて尻を突き出せ、と言われたのだ。肛門を泡だらけにされたときは、くすぐったいのと恥ずかしいので、顔が真っ赤になった。金玉も泡だらけにされて、ぬるぬるした指で洗われた。
コリコリいじられ、「ううっ」と、痛みを耐えきれずにうめいていた。あんな刺激は初めてだった。痛いのに、妙に感じて興奮してしまった。後ろが終わったあとは、身体の前を洗ってもらった。
喉は少しくすぐったくて、腋の下はもっとくすぐったかった。乳首は、なでるようにこすられて、びっくりするほど感じた。ぬめった指先と掌の接触に、乳首が気持ち良くなるとは想像したこともなかった。厚い胸板のてっぺんで突き勃った二つの乳首が、やけに濃いピンク色をしているのに気づくと、さらにファビオは赤面した。
胸にかけた十字架が泡に埋もれるぐらい、下僕は石鹸を彼の胸に強くこすって、泡をたっぷり立たせていた。腹筋から脇腹にかけては、わずかなくすぐったさと快感が混じり合って、うっとりした気分になった。
そしていよいよチンポの番だった。尻を洗われたあたりから、硬くなりはじめてしまっていたから、すでに先っぽが顔をのぞかせていた。それまでは淡々と作業しているだけにしか見えなかった下僕の顔が、はっきりとニヤつきだした。
『ムケてないんだねぇ。かわいいムスコだ』
アラビア語でつぶやかれたのに、すぐ意味がわかった。こういうことだけは通訳がなくてもわかってしまう。ファビオは腹が立った。
『デカさは充分……、いや、スゲエ立派なのになぁ』
今度もわかった。殴ってやりたかったが、バイバルスの視線を感じて我慢した。
『ムクから、じっとしててくれ』
なにをする気だろう、と見ているうちに、半勃起しているサオの根元をつかまれて数度しごかれた。
「……ぅう……」
久しぶりに、人にしてもらう快感に、あっというまに充血した。女以外からされたことはないのに、息が荒くなってくる。しっかり勃起した亀頭は、顔を半分以上のぞかせてきた。
下僕は、ファビオの包皮にそっと指をかけ、根元へ向かって引き下ろし、ピンク色の亀頭を全部露出させた。むき出しになった割れ目には、透明な粘液がにじんで、早くもこぼれそうになっている。下僕は、包皮と亀頭のほんのわずかな隙間へ、石鹸の泡とぬめりをまとわせた。
敏感な先端に触れる、ぬるぬるの指の刺激がたまらない。と、思ったのも一瞬で、下僕は指の腹を使って、丁寧かつ熱心に、恥垢をこすり取りはじめた。
「痛……い……、いてっ……、いてぇ……」
最初のうちは歯を食いしばって耐えていたが、仕事熱心な下僕の容赦のなさに、ファビオは我慢が出来なくなって、声をあげてしまっていた。腰を引いて逃れようとしても、下僕の指は執拗に作業を続けた。やっと指が離れたときは、痛みと刺激で、彼のモノは真っ赤になってぶらんと垂れた。ズキズキ、ヒリヒリして変な感じだが、きれいにしてもらったのは間違いなかった。
一方、バイバルスの方は堂々と股間を洗わせながら、ファビオの様子を楽しげに見ているようだった。海賊の首領のイチモツも、いい具合に興奮し、ほどよく勃ちあがりかけている。
最後に、水で身体の石鹸の泡を洗い流して、二人は蒸し風呂を出た。
「次はマッサージだ。これもおまえには初めての経験になるぞ」
そう言いながら、浴室から続く部屋にある大理石へうつ伏せで寝そべるようにと、
ファビオへ指示する。一番広い石の上へ、火照った身体を横たえた。今度は別の下僕が、それもかなり体格のいい男が来て、彼の裸体に香油をぬりはじめた。
「最初はくすぐったいかもしれないが、そのうちにヨダレが出るほど気持ち良くなるぞ」
バイバルスは、隣の大理石へ腰をおろしながら言った。
「全身の力を抜いて、らくにしていればいい」
自分へささやくその声を聞くと、身体の芯がなくなったみたいにファビオは脱力した。この男のこんな声をいつも聞いていたら、なにも考えられなくなるかもしれない。今は、毎日会ってはいるが、会う時間が一〜二時間程度で良かったと、心底思った。
香油の甘くてスパイシーな香りが漂ってくる。下僕の大きな手が、ファビオの広い背中を、円を描くように動きはじめた。思ったよりくすぐったくない。さっき浴室で散々洗われたからだろうか。しだいに気持ち良くなってきた。
唇をしっかり閉じていないと、確かにヨダレをこぼしてしまいそうだった。特に、尻を揉まれると無性に快かった。こすれすぎて痛かった亀頭が、股間の下でピクンと反応していた。むっちりと形よく盛りあがった彼の尻は、身体の中で一番白い部分だった。あまり日に焼けていないそこの肌を、ぷるぷるとマッサージされた。尻タブを、にゅるんっ、と弾みをつけ、掌全体でつかまれるたびに、ファビオは先走りで股間を濡らしはじめていた。
太腿の裏は、多少くすぐったかったが、それもすぐに慣れ、続く膝裏への揉み込みはヤバイぐらい感じて、チンポは充血をうながされて勃起した。足の指を一本一本マッサージされているうちに、先っぽがますます濡れてきた。硬く張りつめてきた快感を高めたくて、尻は自然に左右へもがくように動き出す。大理石と太腿の間で圧迫されつつ勃起を強めるチンポへの刺激を送るため、腰を浮かせぎみにして、少しでも自由な摩擦を与えようとした。
そんなファビオの快楽に浸りはじめた姿に、バイバルスは立ちあがり、マッサージをしていた下僕を退室させ、二人きりになる。そこには他に誰もいなくなっていた。
下半身を揉んでいた指の感触がなくなって、物足りなさを覚えた次の瞬間、背中へ滴るねっとりした流れに、息を飲んだ。オリーブ油が背中にそそがれていた。バイバルスによって、ひたひたとそそがれ続ける油は、背筋から腰へ、そして尻の割れ目へと滴り流れ、その流れにそって男の指が、ファビオの秘密の部分へ向かう。
なめらかな動きをする指先が、割れ目をさぐるようにこすりながら、ついに奥のすぼまりへ油をぬり込みはじめた。
粘つく音が、ニチャ、ヌチャ、クチッと、くり返される。
「お願いだ……、バイバルス……さ……ま……、そこだけは……」
抵抗しようとしたが、動いたのは懇願する言葉をもらした唇だけだった。
「肛門をいじられるのは、初めてみたいだな」
ゴツくて節くれだつ長い指を、さらにオリーブ油で濡らして、ファビオの尻の割れ目の奥を愛撫し続ける。つつかれると、キュッ、と収縮して、指の腹でヌルヌルこすられると、すぼまった蕾が開くように、ヒクつくのがわかった。周囲をやわやわと揉まれると、たまらなそうに開いたり閉じたりした。
「あっ……っ……、やめろ……っ……」
とうとう、開きかけた蕾の真ん中へ、指先が入ってきた。かすかな痛みと、わずかな圧迫を感じた。受け入れてしまった異物に、肉皺の一つ一つが、熱く反応して蠢いている。バイバルスの顔を見ると、満足気にうなずいていた。
指で貫かれるファビオがゆっくり馴染むようにと、一本目の指は、前後に小刻みに動いていた。締めつけの強さが、少しずつ、少しずつ、ゆるくなってくると、指はさらに深く中へ入り込んできた。彼は、指で犯される感じに、甘いうめきをたてていた。
ファビオの疼々する密かな欲望を見透かしたみたいに、粘つき濡れた音を響かせて、指の根元まで挿入する。思わず、後頭部がのけ反った。彼の肛門が、めり込んできた指を熱く締めつける。バイバルスは、その締めつけを味わうように指をぎりぎりまで引き抜き、じりじりと埋め込み直した。挿入された指の動きを快感に感じるまで、丹念に、指の出し入れを続けた。
「……ぁ……っぁ」
ため息のような喘ぎ声を、知らず知らずのうちにもらしている。止めようとしたが止められないまま、尻を犯す指が前後する感触を夢中で追いはじめていた。
「ああ……あぁ……」
いつのまにか、その太い指先が、チンポの裏のあたりを押していた。指が当たるたびに、押される彼にも、そこに特別のなにかがあるのがわかった。
痺れるような、もらしそうになる感触だ。たまらず声が出る。身体の奥から、じれったい快感がわきあがる。下腹では、白い大理石の上で、ピンク色から赤い濃淡に染まって勃起したモノがくねっていた。バイバルスは指で、彼の肛門を犯しながら、もう片方の手では、尻全体を揉みはじめている。
感じまくったファビオの悶え声は、天井まで響いた。入浴し、マッサージを受けた筋肉は弛緩しているのに、香油まみれの皮膚は、ちょっとした刺激にも敏感になっている。
すべすべの大理石に、完全に勃起して粘液がにじだ先端を前後にこすりつけ、尻の中を指で突かれながら、彼はついに射精した。
それから指を二本に増やされ、じっくり抜き差しを続けられて、さらに搾り取られるように、二度、三度と、子種を出させられた。
（４）
「おまえが、俺を気持ち良く受け入れられるように、ちゃんと慣らしてやる」
そう告げるアラブ男は、悠長な手間をかけ、ファビオの尻を開発するために時間を費やすのが殊のほか楽しいようだった。
三度目の入浴後は、もっと、行為に淫らさが増した。
マッサージの後、居室へバイバルスと共に戻ると、トルコ風の低い長椅子へうつ伏せで寝かされるようになった。毛織の感触が、火照った肌にチクチクした。浴室でほぐされきった肛門に、張り型がしずかに、尻の奥まで挿入された。
細い張り型は、白い大理石で作られていた。バイバルスの色黒の指が持つと、香油で濡れたそれは息づくように卑猥な感じがした。奥まで入ってくるたび、指が届かなかった部分まで圧迫される感触に、ファビオは唇を噛みしめた。
「……っん……っ」
なにも感じないように、じっとしているのに、尻の筋肉がむずむずした。変な興奮が下腹の奥の方に淀んでくると、埋め込まれたモノを押し出しそうになった。充血した肉皺から、白い張り型を押し出しかけると、彼の足元に座るバイバルスの指先が尻の割れ目をたどる。半ばまで出かけたところで、指で張り型の台尻を抑え、その動きを止めると再びファビオの体内へ押し戻した。張り型が押し出されるたびに、何度も何度も、それをくり返した。
「……う……ぅ……」
緩慢に延々と続く刺激に、ときおり耐えきれなくなって思わずうめく。身体の下で押し潰されているチンポは、浴室で絞り取られるだけ絞り取られて縮んでいるのに、存分に出したわけじゃない、と不満があるようにヒクヒクしていた。
バイバルスは、彼の身体がだいぶ慣れてきたことに満足して、張り型がじわじわ出てくるのを眺めている。
ようやく終いにするようで、ぬるぬるした大理石が、尻穴から全長をあらわすのを許していた。ぬるんっ、と最後に先端の丸みが吐き出されると、呼び鈴を引いてギリシア人の老下僕へ後始末を命じた。
海賊の首領がお楽しみを終えて部屋から出て行った後のファビオは、肉体の奥の火照りをなだめるのに苦労した。アラブ男から与えられる快楽に馴染み、もっと欲している己の罪深さに、恥いるようになってしまっていた。彼の尻はいくらでも貪欲になって、人質になったばかりの頃には考えられなかった行為も平気になっている。
こうして、蒸し風呂へ入った後の気だるい快感に浸れるようになってしまったのも、あっという間だった気がする。
すでに、日にちの感覚も、わからなくなっていた。
（なんか、もう、何年もここにいる気がするのに……）
バイバルスは、まだ、自身の持ちモノを、ファビオへ対して使おうとしない。
奉仕させようともしない。彼の身体が、異物感にだんだん馴染んでいくのを楽しんでいるだけだ。
寝台へ向かってファビオはひざまづいた。組み合わせた両手に、額を強く押し当てる。そうして、清潔な白い衣に包まれる淫らな熱を残した肉体をなだめようとしても、一番つらく感じているのは、バイバルスが未だに彼の雄自身へ触れてくれないことだった。
（異教徒のムスコには、手を触れたくない、とか……？）
よくわからないが、ありえなくはない。
改宗しろ、と言うのは、そういうことかもしれないと、思いに沈む。
（改宗しないと、あれ以上のことは、してもらえねえんだろうな……）
あのアラブ男のムケて硬そうなのと、自分のを、お互いに存分にしごきあえたら、どんな気持ちがするだろう。凄く感じそうで、想像しただけで、たまらなくなる。
（……なんで、あっちこそ、異教徒なんだよぉ）
しかも、恐ろしい海賊だ。たとえ異教徒でなくても、海賊相手の情事は、遠慮したい。したいことと、出来ないことの狭間で、ファビオは歯を食いしばるようなジレンマに陥ったままだった。
とうとう身代金引き渡しの期限がきたと知らされ、バイバルスの屋敷から、海岸沿いの商家街へ連れて行かれた。漁師仲間とは引き合わされず、キリスト教の修道士がいる施設で待たされた。修道士たちは、アラブ海賊の人質にされた者たちの、身代金授受に関わる世話をしている。
隣室で、なにか手続きがなされている気配に、ファビオは焦燥にかられた。自分だけがここにいるのは変だと思っていたからだ。ちゃんと身代金が届いていれば、仲間と一緒に手続きされるはずだった。
一人だけ違うということは、皆と違う処遇が決まったとしか思えなかった。
「おまえの身代金は、届かなかった」
案の定、隣室から修道士をともなって姿をあらわしたバイバルスは、そう告げた。
「よって、俺が、おまえの身代金を支払った。ファビオは今日から、俺個人のものだ」
ファビオは驚いて目を見開いた。人質を捕まえた本人であっても、そのまま個人の所有にすることが出来ない。いったん、人質を収容する『岩風呂』の仲介人に所有権が移る。身代金が山のように取れる割のいい人質もいれば、全く値のつかない人質もいた。
バイバルスは、値のつかなかった彼を、わざわざ買い取ったらしい。
「俺は、おまえにつけた値段を支払ったが、高いとは思ってない」
修道士の施設からの帰り際、海賊の首領は嬉しそうにそう言った。高いと思っていないということは、むしろ、それなりの金額に違いないと、ファビオは思う。フランチェスコ司祭なら払えそうな額にしたと言っていたことを思い出した。
「これから俺の船は出航する。ファビオも乗船させる」
港へ向かってバイバルスと共に歩きながら、早春の気配がかすかに混じる潮風を感じた。自分を、海賊船の水夫にでもする気なのかと、まだ驚きが醒めない眼で、隣を歩く相手を見つめる。片言のアラビア語が、多少理解できる程度になったが、船乗りの仕事がこなせるほどとは思えなかった。
「おまえは視力がかなり良いと言っていたな」
ファビオは、うなずいた。食事をしながらたわいない話をしたとき、島一番の視力で、水平線の彼方の魚影を目視できるのは自分ぐらいだと、バイバルスへ自慢したことがあった。
「場合によっては見張り役を手伝ってもらう」
それぐらいは、全く問題ないと、何度もうなずいた。
このままバイバルスの船の乗組員になるとしたら、それも仕方ないかもしれない。
身分は奴隷でも、船乗りとして生きられるなら悪くない。
ただ、当然のこととはいえ、フランチェスコ司祭に身代金を支払ってもらえなかったのは、やはり残念だった。
「……おまえにはすべてを隠さずに言おう。身代金を、島の司祭は用意していた」
彼の憂いを感じたのか、バイバルスは突然切り出した。
「だが、金を持ってきた島の奴らは、それをネコババしたようだ。といっても個人の懐に入れたわけじゃないらしい。難破した船の代わりに新しい船が必要だし、ひと月以上働けなかった漁師たちの保障とか、金はいくらあってもいいからな。さっきの修道士からの情報だから間違いない。……おそらく漁師たちは、おまえが島へ戻らないことを、司祭には適当な嘘をついて誤魔化すだろう。しかし、遅かれ早かれ、司祭も教会の連絡網で真実を知るはずだ。知ってからどうするのか、実に楽しみだ」
はじめは腹が立ったが、話を聞いているうちに、ファビオの気持は落ち着いてきた。
「フランチェスコ司祭様は、島の皆を許されて、俺のことはお忘れになるだけだ」
淡々と話す彼へ、バイバルスは意外なほど優しいまなざしを向けていた。
「ロサ島の代表者は、俺を、チュニスの太守へ訴えると言っている。ファビオへかけた値段が不当に高いということでな。他の漁師たちと同額なら、すぐにでも払えると確約して連中は島へ帰っていった。もう三日前のことだ」
「……それで、バイバルス様は、島の人たちになんて返答を？」
「俺が決めた値段は、アッラーの思し召しだ。変えることは出来ないと、言ってやった」
「てことは……さっき支払った額を、あんたに支払えば、俺は解放されるのか？」
バイバルスはすぐに返事をしなかった。
ファビオの眼を、唇を、身体じゅうを見つめてからつぶやいた。
「法的には、そうなる」
その答えに、溜息をついた。ローマ貴族にしか支払えないような額を、島の人間が用意出来るはずがない。ファビオが深々と吐いた息には、落胆と安堵が入り混じっていた。
（５）
フランチェスコ司祭はローマにいた。もちろん教皇庁には内密にだった。一時的なこととはいえ、勝手にローマへ戻っていることがバレれば、島流しどころでは済まない。どんなお咎めがあるか、考えたくないので、考えないようにしていたが、とにかく身分も名前も偽って、地味に金策した。なんとしても、ファビオの身代金をつくるためだった。
けしからぬ島の連中には、厳しい説教をしてやった。
チュニスの太守へは、もう訴えを起こしただの、相場の額なら今すぐ払えるだの、あまつさえ、ファビオはアラブ海賊に気に入られていい暮らしをしているから心配ないだのといった弁明は、とてもではないが聞いていられなかった。
（仮に、ファビオの貞潔が散ってしまっていたとしても、私は諦めないぞ）
まだ一度も味見していない若者を、アラブ男に横からさらわれたとあっては、イタリア男の司祭の沽券にかかわった。
とはいえ、実のところ、フランチェスコは己が、これほど根気強いとは思わなかった。こんなに燃えて張りあう気持ちが湧きあがっているのは、たぶん、漁師たちから聞いた海賊の首領が知的で男の魅力たっぷりらしいからだ。年の頃も、自分とほぼ同じらしい。
負けないぞ、とメラメラするし、正直なところ会ってみたい。
アラブ海賊とよしみを通じている船乗りは見つけてある。金も集まった。後は伝令を飛ばして、ファビオの身柄の引き渡しが出来る適当な無人島で、バイバルスとかいう海賊と対決するのを待つばかりだった。
シチリア島沖で、ヴェネチア商船の襲撃に成功したバイバルスの船は、地中海からティレニア海へと北上していた。アラブ海賊船のアル・ファリード号の船足はすばらしい速さだった。護衛船団のいない小型商船は、まるで突風に巻かれるように、海賊の餌食になった。多少の斬り合いはあったが、すぐに商船側は降伏した。高価な積荷だけを奪うと、ヴェネチア軍の報復を受ける前に、海賊船は極めて速やかに逃走した。
満天の星空のもと、海を航行するアル・ファリード号の船長室に、ファビオはバイバルスと二人きりでいた。殺伐とした略奪の後とは思えない、おだやかな波の夜だった。
「これから二日で、ロサ島近海へたどり着くはずだ」
返り血をあびたシャツを脱ぐバイバルスを、彼は寝台の上で座って見ていた。海賊の首領の肌を彩る無数の傷痕が一つ一つあらわになっていく。
「指定された無人島へ上陸するのは、俺とおまえだけになる、いいな？」
ファビオはぎこちなくうなずいた。
「……司祭が金を払えるというなら、俺は受け取るしかない。だが、今はまだ、ファビオは俺のものだ。おまえは異教徒だが、俺はアラブのやり方で、おまえと交わる」
すべての衣服を脱ぎすて、バイバルスは全裸になった。股間から隆起した怒張の先端が、すでに天井を睨んでいる。イスラムの掟に従って割礼されたイチモツは、太い蛇みたいにニュッと突き出ていた。充血して紫がかった褐色の亀頭からは透明な汁がにじみはじめている。
その姿のすべてに魅入られたファビオは、いつのまにか服を脱ぎ終えていた。彼の鎖骨から盛りあがりを見せる厚い胸板の上で、首にかけた十字架が、清楚な微光を反射している。
寝床へうつ伏せになろうとした彼に、バイバルスは命じた。
「仰向けになれ。股をひろげろ」
言われるまま大きく両脚をひろげるが、初めて、正面から相対するのが恥ずかしかった。それでも、瞼を閉じずに、相手がすることを見ていた。
彼の股の間に腰をすえたバイバルスは、香油を指にぬりつけている。その指を、ファビオの内腿から、そっと尻の穴へ差し込んだ。何回も、入り口から中へかけて丹念に油で濡らす。アラブ男は己の勃起したモノにも、たっぷりとそれをぬりつけると、ファビオの股をさらに広げさせ、腰を引き寄せた。
「入れるぞ」
バイバルスは、己の太腿の上に彼の太腿をのせ、仰向けのまま跨らせるような体勢にしてから、挿入を始めた。香油でぬるぬるの肛門に熱い先端を押しつけて、すぼまりをこじあけるように、強く一突きした。ファビオは苦しげに太い眉をしかめて、吐息をついた。
もう一度、突きあげて、押し入り、亀頭をねじ込ませてくる。
「ぁ……うぅ……ぅ」
痛みと、ついにアラブ男の逞しいモノを受け入れた快感で、声を出していた。さらに奥へと進もうと、ガチガチに硬いチンポが、抵抗の増した締まりを押し分けてくる。完全に亀頭が埋め込まれると、後は苦もなく、ズッ、ズッ、と挿入された。ファビオは初めての結合の衝撃に続いて、雄の熱い欲望が滑り込むようにどんどん自分の中へ入って来るのを感じ続ける。
根元まで入れ、最奥へ先端が達すると、バイバルスは、彼の背中を力強く両腕ですくい、上体をしずかに起こした。ファビオの肉体の重みがかかると、男の金玉の付け根まで、ずにゅっ、と中へ突き立つように入ってしまった。思わず甘いうめきをあげる彼の腰と背中を、バイバルスは、がっちりと抱き、強く引き寄せる。
相対する座位のまま、ファビオの胸の十字架を指で挟むと、すでに熱い息を醸す彼の唇の間へ、それを差し込んできた。
「……ぅ……」
体内を深く貫かれた刺激に耐えようとしていたのに、信仰の象どりを、欲情した口の中に入れられて、なにも考えられなくなるほど慄いた。舌の上で、唾液に濡れはじめた十字架をどうしていいかわからない。吐き出すのも躊躇う。このままにしておくのもつらい。口の中が唾液であふれてどうしようもなくなってくる。
「……んぐ」
口から滑り落ちそうになった十字架を、唇を固く結んで咥えていた。こんなことをしたのは生まれで初めてだった。しかも、腹の奥まで、アラブ男の熱いイチモツを突き立てられた状態での、疾しさの極致だ。そう思うと、瞼が変に重くなって、眼が潤んでくる。
そんなファビオを眺めていたバイバルスは、笑みを浮かべた唇を近づけて来た。固く結んだ彼の唇を、舌を使ってほどきはじめる。先っちょでつつき、なめ、こすり、徐々に唇を開かせる。息が苦しくなるほど唇に微妙な刺激を受け続け、耐えきれずに口を開いていた。血の匂いをさせている相手の体臭を思いきり吸ったとたん、うろたえ、そして、興奮してしまう。
「ぁ……む……」
バイバルスはその頑丈な歯でしっかりと十字架を咥え、ファビオの唇から抜き取った。アラブ男の口に挟まれた銀色の十字架は、また、彼の唇に寄せられた。
いけない、いけない、と思いつつも、ファビオは舌をのばし、与えられるままに十字架を含んでいた。今度はちゃんと、舌と唇と、白い歯で、十字の形をなぞって、味わう。背徳の味は、痺れるように甘かった。
「ぅんぅ……ん……ぅ」
しゃぶるように十字架をなめる彼の、じっとり汗ばんできた尻を、バイバルスは下から数度突きあげた。裸体がゆれて、口がかすかに開く。ゆっくり腰を入れるように振りながら、ファビオの唇の隙間から十字架が鈍く濡れて光るのを見つめている。
再び口を合わせて、互いの舌と、信仰が溶けて絡んだ金属を、なめ合った。
興奮した息づかいで、相手の両肩にしがみつき、腰のリズムも合わせようとしていた。あそこも、ギュウッと、熱くて硬い雄自身へしがみつくみたいに締まっていく。刺激が高まれば高まるほど、ファビオのデカいチンポは限界を知らないように大きくなり始めた。
十字架を含んでいられなくなった彼の口から、バイバルスはまたも歯で挟み抜き取ると、唾液でベタベタになったそれを、胸に戻してやった。
「……ファビオ、改宗したくなったか……？」
熱く潤む眼に、意思の力を込めて、ファビオは首を横に振った。
その断固とした彼の返答に、アラブ海賊の首領はひどく満足した顔をする。
異教徒の若者と交わる興奮に、あまりの甘美さを感じはじめているようだった。
「イスラムの寛容さを、おまえにこそ示すべきだな。俺の身体全部を使って、気持ちよくさせてやるぞ」
耳元へ囁くと、彼の尻にまわしていた手を片方だけ、互いの身体の間へ移し、ほぼ勃起したファビオのピンク色のモノを、掌につつみ込んだ。
「は……ぁ」
弾力と握り応えを楽しむように、掌で締めつける。割礼を受けていない形が面白いのか、しげしげ見つめながら、さもいとおしそうに、頭が半分のぞいている部分から皮を下へむきはじめた。
亀頭の割れ目から粘液がにじむ過敏そうな、薄赤い血の色をした先端を指の腹でなでまわされる。ぬらぬらと亀頭全体に透明な体液をぬりひろげられると、そこは快感のあまり、ますます硬く膨張した。バイバルスは彼の首筋に顔を埋め、汗に濡れた肌をゆっくりとなめた。
ヒクッ、ヒククッ、と尻の穴が反応して、たまらない締め付けを相手に与えている。首筋から顎へ、だんだんと顔に向かって舌でなめあげられた。そして、熱い呼吸を繰り返す唇に、息も出来ないほどのキスをしてきた。亀頭をいじっていた手を、陰毛がもっさりとする根元へ移動して、じっくりしごき始める。
ファビオは耐えきれずに、舌を貪られたまま、相手の口の中へ、快楽の深い吐息を注いだ。バイバルスの掌の中で脈打つチンポは、もっと感じたいと漲っている。もう、鎮めようとしても、言うことを聞かないくらいギンギンにはち切れそうになってしまっていた。
「ぁ……あああ……ぁあ」
あえぎが止まらない彼の手を握ると、バイバルスは己の脇腹へ持っていった。アラブ海賊の肉体を思いきり味わえと、脇から胸、胸から胴、胴から背中へかけてをなでまわさせる。
彼の熱い腕が身体のあちこちへ沿うように這いまわると、バイバルスも快感の声をあげていた。その精悍に隆起した胸筋のふちの、腋の下から繁茂する毛を、ファビオの指は楽しみだした。密着して相対する座位のまま、下からゆっくり突きあげられながら、雄臭い腋毛のごわつきと、胸筋の弾力の両方を交互に愛撫し続ける。指で感じる快さにうっとりしたまま、挿入に馴染むよう上下にゆらされているうちに、彼の尻は疼くようになった。疼きが次第に強くなる。全身に疼きが浸透していく。そんなファビオの、性感が高まった乳首が、指でキツくつままれた。
「くっ……ぅ……」
感じすぎて、一瞬の収縮の後、じんわりとゆるんだ。ゆるんだところを狙い、奥深くめがけて、アラブ男は逞しい腰を思いきり突きあげた。
「ぁ……ひ……」
突きあげてはじっくりとゆらしつつ、ファビオの亀頭や乳首を、指で責める。怒張したチンポで粘膜をさぐり、感じる部分をこすりながら唇を合わせ、舌を絡める。密着を強いたまま、汗が流れるファビオの肌を、野蛮に大きな唇と舌がなめまわす。
絶え間ない刺激に、彼の身体じゅうが悶え苦しんでいた。
座位のまま、何時間でも交わり愛撫を続けるのが、アラブの、海賊のセックスだった。船の中でするそれは、さらに波のゆれまで加わって、その行為が初めてのファビオを悩ましくあえがせ続けた。
絶頂寸前の、勃起しきった根元を、それが弾けないようにグッと握り締められて、よがり声をあげていた。
「……っ……ぅ……うぉ……うう」
顔と顔をずっと近付けたまま、唇と唇を軽く触れ合せたり、舌でつついたりされた。耳へ息を吹きかけるように囁かれると、悶絶しかけた。バイバルスの恐ろしく低い声にどうしようもなく反応する肉体だった。
悶えよがり泣いていると、アラブ男は、根元を握っていた手をゆるめ、肉幹を搾るように強くこすりあげた。上までこすりあげると、亀頭の敏感なふちを爪弾く。
ぶるっ、と酷くふるえた後、ファビオはついにイキ始めた。ねっとりとした筋を作って、白濁した体液を勢いよくぶっ放し続ける。
「すげぇ、出したな……」
満足したバイバルスは、彼のデカくて若々しいチンポから雄汁を残らす搾りつくした後で、ようやく体位を変えた。挿入したまま注意深くファビオを寝台の上へ横たえ、抜き差しをする。金玉の付け根が食い込むほど、激しく腰を打ちつけた。
「こんなに……ここがハッキリわかる奴は初めてだぞ」
荒々しい息の狭間で言われ、ファビオはなんとなく理解する。摩擦されるたびに充血が増すような、敏感な部分が尻の中にあった。
幽閉されている間、蒸し風呂へ入れられるたびに、この男の指で開発された特別に感じる部分だ。じれったい快感が徐々にいやらしいほど高まってきている。
そこへ、亀頭を、よりしつこく、こすりつけられた。
「あっ……あぁ……ああ……」
夢中で腰を振り、欲望に忠実に、体内を前後する激しい感触を締めつけながら受け入れていた。
交わる相手の腰の動きが荒々しさを増すごとに、ファビオの胸の十字架は乱雑にゆれ、ときおり乳首をかすめて、えもいわれぬ快感に導いた。
精力的なバイバルスの動きに合わせて、彼が尻を淫らに浮かせると、角度を変えて様々な刺激が与えられた。長い夜が終わる頃、ほぐれ、ゆるみきった尻の割れ目が、さらに押しひろげられた。深い絶頂を迎えようと、アラブ男は、ファビオの尻を突きまくった。彼を貫く怒張が驚くほど脈打って、身体の中へ遠慮なく精液がどっぷりと放たれたのを感じ、頭の先まで快感に痺れた。
（６）
萎えたイチモツを抜いた後、情熱的に潤んだファビオのそこへ、バイバルスはこれからも繋がりたいと言った。彼を抱き起し、髭をこすりつけながら、しっかりと唇を重ね合わせる。
「おまえは異教徒だが、俺にとって、二人といない男だ」
「俺もだよ、バイバルスのアニキ。……アニキって呼んでもいいだろ？」
互いの汗で濡れきった裸体と裸体をこするように触れ合わせながら、これからも、もっと色々なことがしたいと、ファビオはねだる。
「もちろんだ、兄弟」
そうして、これからどうするか、二人は話し合った末、無人島で彼らを待っているフランチェスコ司祭へ会いに行くことにした。
思ったより、いや、想像以上にイイ男だと、アラブ海賊の首領を見た司祭は、心の中で「チクショウー」と叫んでいた。
フラれる男は、潔くなければならない。少なくとも、表面上は、そうでなければならない。
フランチェスコ司祭は、顔に微笑みを浮かべ、両手は握り拳を作って耐えていた。
「……私も、キリストの博愛の精神を、常に心掛けております。あなたたちのように、互いに尊重しあえれば、無益な争いは、この世界から限りなく少なくなってゆくことでしょう」
司祭の言葉に、ファビオは苦笑をこらえ、バイバルスは興味のなさそうな顔でうなずいていた。
やはり、空々しいことを言うのは自分には向かないな、とフランチェスコも天をあおぎ、後は無言で、デキてしまった海賊と島の漁師の肩を叩いた。
無益な争いは、大抵の人間が減らそうと思うだろうが、有益な争いは、決してなくなるはずがない。むしろ、それがなければ世の中はつまらないと、司祭は思う。
「それで、つまり、バイバルス殿は海賊稼業を継続し、我が愛しのファビオは、もとどおり島へ帰って漁師をする、と」
愛しの、と言ったとき、バイバルスの眼つきに、ただならぬ剣呑さがよぎって、司祭は内心ひやりとするが、元僧侶騎士団の男としては、けろりと澄ました態度をなんとか維持することに成功した。
このアラブ男は、そうとう嫉妬深いようだ。ファビオに手を出したら、自分は間違いなく殺される……と、フランチェスコは覚悟した。まだ命は惜しいから、立派な聖職者として、かわいいファビオを見守るしかないようだった。
ファビオは、自分の身代金を用意してくれた司祭に感謝した。
そして誓った。
「島の仲間たちの過ちは、赦します」
悪気があったわけではなく、やむにやまれぬ事情がそうさせたのだから。
「……ファビオは偉いなあ」
フランチェスコ司祭はのどかにつぶやく。
ロサ島へ帰る船に、二人は乗っていた。船縁につかまって、夕日を見ながら、まだ冬の冷たさを残した潮風に頬をなぶらせる。
「俺、でも、そのかわりにちゃんと、バイバルスのアニキと会うのを、黙認してもらうから」
これからも彼は、さっきの無人島で、バイバルスと会い続けることにした。伝令を飛ばしあえば、月に二〜三回は会えるはずだった。バイバルスは、司祭が用意した身代金を、結局、ファビオのために、ロサ島の漁船と商船を襲撃しない契約金へと充当してくれた。
「……海賊と密約が出来たのは、島の安全保安上、極めてけっこうなことだなあ」
夕日が沈む水平線の赤い波筋をぼんやり眺めつつ、人ごとみたいに司祭は言っている。心、ここに在らず、といった様子だ。
「司祭様。なんでそんなに落ち込んでんですか？」
笑みを浮かべながら問うと、フランチェスコ司祭の青いアイリスのような瞳の色が、まるで花びらが萎むように陰ってしまった。
「誰かさんに失恋したからだ」
そのめずらしいぶっきらぼうな口調に、ファビオも真面目な顔をし、甲板にいる水夫たちに聞こえないように、そっとささやいた。
「フランチェスコ司祭様。失恋の痛手を癒すのに、役立ちそうな話題があるんですけど」
「……なに？」
「アラブのセックス、聞きたくないですか？」
「…………聞きたい」
即答する司祭へ、ファビオは再び笑みをこぼす。
ノロケを聞かされるとわかっていても、他人の色事を聞くのは、離れ小島へ流されて来た青年司祭のなによりの楽しみだった。
（司祭様にも、素敵なお相手が見つかりますように……）
海の彼方の大陸へ帰って行った海賊のアニキを、はや恋しく思いつつ、ファビオは神に感謝の祈りと願いを捧げていた。
2005年12月30日発行コピー誌