深 夜 勤 務
＜午後六時＞
煙草の煙が充満する守衛室で、日勤のジイさんガードマンと引き継ぎをする。
「今夜は冷えそうだから、風邪ひかねえようにしろよ」
いつものどうでもいい世間話の最後にそう付け加えて、河野の肩を叩き、煙草をくわえて帰っていった。日中我慢していた分の禁断症状が出るらしく、勤務終了間際にまとめ吸いするのがジイさんの日課だった。
禁煙して久しい河野は、室内にこもった煙草の匂いを排除すべくドアを開けっぱなしにし、換気扇を強でまわす。
「なーんで他人の煙草の煙ってムカつくんすかね」
もう一人の、夜勤のガードマンの青年、巽が笑顔をむけてくる。昨年、大学を卒業したばかりだが、ここでの勤務はバイト時代を通算すると三年目になる。ガードマンになって二カ月の河野からみれば先輩だ。
たとえ年齢が十歳以上年下でも、仕事のうえでは上司同然だった。
「ちゃんと携帯灰皿を持っているぐらいだから、あのジイさんは肺ガン覚悟で吸ってるんでしょう」
文句を言っても埒があく相手ではないと、河野は断言し、彼の背後へまわろうとする巽から距離をおく。
「それより日誌に早く目を通してください」
ジイさんからの申し渡し事項はなにもなかったが、それでも警備日誌をチェックしてもらうため、スチール机の上の本棚からそれを取り出し、巽のほうへ押しやった。
「んっとに、河野さんはマジメだな」
青年は短髪の頭に制帽をかぶりつつ、河野が取った距離を一気に縮めると、レスリング部出のがっちりした肩を、わざと彼の肩へぶつけてくる。
警備服の、濃紺の固い布地同士の、こすれる音がたつ。
どうしてこういうことをするのか、と荒げた声が出そうになって、グッと言葉を飲み込んだ。べつにいつものことだ。ジイさんのたそがれた世間話とおなじだ。
だが……。
巽がこんなことをするようになったのは、河野が現在、妻と別居中だと打ち明けた頃からで、何故か、セクハラをされているような気がする。
男が、男にセクハラなど、ありえないはずなのに……。
河野は三十代なかばの妻子持ちで、十二年間勤務した会社をリストラされて、残り三十年の住宅ローンをかかえたまま、やっとこのガードマン職に就けたような男だ。
常識的に、若い男からセクハラされるなんて、ありえない。
だが、しかし、毎回そう思い直しても、やはり、微妙な気配を感じてしまう。
本日一回目の巡回をすべく河野は、とにかく巽の態度を無視し、懐中電灯をギュッと握りしめた。
＜午後七時＞
夜勤は二人態勢だった。巡回は九十分おきに交代でおこなう。通常のセキュリティセンサーが各階ごとに設置されているオフィスならば、二時間おきに二人一組で巡回するのがマニュアルだったが、この建物は例外だった。老舗の中堅商事会社で、社屋も古い。三十年以上経った五階建てのこのビルには、正面玄関と通用口にしかセキュリティセンサーを設置していなかった。
「あと十五分はもどってこねぇな」
壁掛けの時計を見て、再確認するようにつぶやいた。巽は五分前に守衛室を出たばかりだ。巡回には二十分以上かかる。テレビをつけクイズ主体のバラエティ番組にチャンネルをあわせた。巽が巡回にいっているあいだ、のんびり椅子に座りテレビを見るのが、勤務中のささやかに気楽な時間だった。
今夜は週末だ。二月初旬は忙しくないらしく、たいての社員は七時前には帰った。ついさっき、管理部門で残業していた最後の社員が、退社簿を守衛室へ届けて帰っていった。社員が全員帰れば、あとは翌朝ふたたび社員が出勤してくる午前八時まで、なにごとも起こらない会社だった。
繊維関係の取引業務が主で、社内に金目のものは特にない。ガードマン一人で充分と思える施設だったが、新人の河野が半人前と考えれば、夜間の二人態勢も納得がいく。採用が決まってから、警備会社の研修施設で一カ月間研修を受けただけだ。ガードマン経験のない河野だったが、学生時代にラグビーをやっていた体格の良さと、リストラされたとはいえ、同一企業の勤務年数が十年以上あったことが採用の決め手だったらしい。
河野は、リストラされたばかりの頃、以前とおなじ企画開発部署の事務職をさがしていたが、条件の適うところはなかなかなく、不採用がつづき、住宅ローンの支払いに窮して、どこでもいいからと面接を受けた警備会社に、こうして採用された。
夜勤は時給がよく、しかも人間関係が希薄で済むのがいい。リストラのごたごたで対人関係に疲れていた彼には目下のところ、最高の職場かもしれなかった。
ただし、夜勤の相棒の青年を除いてだったが。
＜午後八時＞
廊下に響く足音がする。巽の巡回が終わった。ヤツにとって今夜最初の巡回は、少々時間がかかりすぎて変だと思ったが、一人でいる時間が長いことに文句はない。
「さむっ。ジイさんの言うとおり、けっこう冷えてきたっすよ」
守衛室は通用口脇にある。開いたドアから廊下の空気が入ってくるが、ささやかに冷たい程度だ。河野は椅子から立ちあがった。
「俺は寒くないけど、エアコンの温度あげますか？」
「エアコンより、河野さんの淹れてくれるコーヒーのほうがいいな」
河野とおなじくらい大柄で、身長が百八十センチ以上ある警備服姿の青年は、制帽のツバを、その太い指であげてニヤリとする。巽は彼と二人きりになるたびに、意味深なことを言っては、こんなふうにいやらしい笑みをもらす。
初対面の印象とは別人のようだった。巽はちょっと野性味のある顔立ちで、それなりに女にモテそうだと思った。最初の数日間は、若々しい翳りのない笑みで機敏に動くいいヤツと組めて良かった、と思うほどであったのに。
「インスタントにお湯を注ぐくらい、自分でやったほうがいい」
渋面をつくって言い、椅子に座りテレビを見た。画面から流れる笑い声の空々しさにまで気分が滅入る。シフトで、必ず週三日は巽と夜勤を組まねばならない。
今夜からまた三日間だ。
「家でも、河野さんはインスタントコーヒー？ 奥さんと、まだ別居してるんすよね」
今度は完全に無視する。押し黙ったまま腕組みをし、ひたすらテレビ画面を凝視した。夫のである河野の無関心にうんざりしていた妻は、リストラをきっかけに別居を申し渡してきた。妻にはもちろんすでに河野の後釜がいたのだ。相手の男は、派遣社員をしている妻の、その派遣先の社員で、バツイチらしい。離婚届けが送られてくるのは時間の問題だった。
一人娘はかわいいのに、妻には年々情熱が冷めていった。普通そうだと同僚や飲み仲間は言ってくれたが、友人たちの感覚とは確実に温度差があった。もともと、どれほどの情熱があったのか怪しい気がするのだ。結婚するのが当たりまえと思っていて、ちょうどいい時期に妻と出会っただけのような……。
そういうのが運命なのだと言われれば、返す言葉はない、結婚後も風俗で時おり遊んだが、さほど楽しい気分になるわけではなく、欲望を解消するためだけにしていたようなものだった。
ただ、それもたいていの男がすると言われ、河野がどんな違和感をかかえているのか、誰も気づかなかったし、誰も気にしようとしなかった。
＜午後九時＞
五階から順に下の階へ巡回する。河野は毎回、二階フロアーにある自販機で缶コーヒーを買った。ホットの温もりが巡回中には嬉しい。温かいにちがいない缶を取り出そうとして、右手を抽出口へ差し入れ、思わず眉をひそめた。缶コーヒーのほかに、棒状のなにかがあった。缶を持ったあとで、慎重にそれを握り、そっと取り出した。内心で「おいおい」とつぶやく。
懐中電灯の明かりに浮かびあがった肌色の生々しい形状に、しばらく思考がまとまらなかった。河野の掌が握っていたものは、直径三センチ弱の、Ｓサイズと思われるディルドだった。
しばらくして、真っ先に思い浮かんだのは、あの青年の顔だった。
あいつの、巽の、悪戯だとしたら……。そう考えただけで怒りが湧いた。
だが、一方で、ここの社員の悪戯の可能性もある、とも思う。社員がこんなことをしたのなら、このまま戻しておいて、明日、社員の誰かに見つけさせるのがいい、と河野は思うが、そうした場合、この悪戯を発見できなかった警備能力を疑われないとも限らない。自販機まで眼を配る必要は本来ないと思うが、不審な物が建物内にあるのは、やはりよろしくないだろう。
こうして発見してしまった以上、日誌に記載し報告事由にすべきだと決めた河野は、ディルドを警備服のズボンのポケットに入れた。缶コーヒーをゆっくり飲み干し、缶専用のゴミ箱へ捨てると、気をとりなおして巡回をつづけた。
闇のなかを懐中電灯の明かりの先だけを見つめながら考える。もしも、この悪戯が社員ではなく巽だったとしたら、警備会社の人事担当に報告するまでだ。ただの悪戯だと言い訳して、目をつぶったりしない。……もっとも、証拠はないから、巽が自分でやったと告白しないかぎり、うやむやになるかもしれなかったが。
廊下のつきあたりは非常口で、その先には階段がある。非常用扉に鍵が掛かっていることを確認し、二階フロアー端にある仮眠室のドアをあけるため鍵を差し込んだ。残業期にやむなく寝泊まりするために、ソファベッドが三台あるだけの狭い部屋だった。
「……？」
鍵が掛かっていなかった。七時三十分の巡回時、巽が見回った際、鍵を掛け忘れたのだとしたら問題だ。
悪戯と、このミス。
軽く、いや、それなりに腹が立ってきた。
ドアを押しあけ、廊下に立ったまま暗い室内を懐中電灯でぐるりと照らした。レザーの黒いソファベッドは、普段、社員たちがちょっとした打ち合わせや休憩ができるように、背もたれを立たせたソファの状態でコの字型に置かれてあるはずだった。仮眠を取るときにだけ、ベッドとして使用する内規になっていると聞いている。
それがいまは三台ともベッド状に背もたれが倒されてあり、かつ、横一列につなげられてあった。さながらクィーンサイズのベッドに見えなくもない。しかし、六時すぎに河野が巡回したときは、まちがいなく内規どおりの配置になっていた。
やはりおかしい。二・三歩なかへ入り、さらに室内をよく調べようとした瞬間、とつぜんドアの陰から誰かが襲い掛かってきた。
「…っ……うぐ」
あっというまに背後から、片腕を首にまわし込まれ、きつく締められる。
万力みたいな腕力だった。懐中電灯が手から転げ落ちる。揉みあおうとしても、息が苦しくて思うように腕に力が入らない。それでも、首にまわされたぶっとい腕に両手をかけ、引き剝がそうと懸命に力を込めると、ますます首が強く締めつけられた。
「ぅ…ゔっ…っ」
窒息しそうに苦しいのに、河野は自分の警備服の固い布地が、相手のそれと軋むようにこすれあっている音を聞いた。妙に鮮明に耳につくのはなぜかと、混乱した頭の隅で考えながら、背後にいるヤツの脚を蹴りつけようとしたがかわされ、逆に片脚が巻きついてくる。
全身が締めつけられた。抵抗の力を使い尽しかけて、腕の筋肉が痙攣しはじめる。なんとか腰の警棒にのばそうとした手も、ギリギリと手首をつかまれ締めあげられてしまった。完全に自由を奪われ、膝から力が抜けていった。
河野が意識を失ったのは、それから十数秒後のことだった。
＜午後十時＞
変な音がする。うなり声だ。体のどことはいえないが、重い。頬がピシャピシャ叩かれた。そして、そのうなり声をもらしているのは自分だと気づいて、河野は体を起こそうとした。
けれど、動かせたのは首と肩だけで、上体を起こすことはできなかった。
「おま……巽っ……」
照明のついた室内で、河野の太腿にまたがって、彼の顔を見おろしている相手へ、反射的に怒鳴った。
「なにしてやがんだ、こらぁっ！」
思いきり怒鳴ったつもりだったが、喉を太い腕で強烈に締めあげられつづけたせいで、濁ってかすれた声しか出ない。それでもかまわず、威嚇を込めて声を出せるだけ出した。
「てめ……ふざけやがって、巽っ、さっさと退けろっ！！」
仕事上は先輩だとか上司にあたるからとかの配慮は、一切ふっ飛んでいた。河野の両腕は背中にまわされ、手首を幅広のなにかテープ状のもので縛られている。手首を無理やり動かすと、皮膚がひきつれる圧着感があった。おそらくガムテープが巻かれているのだろう。両足首も同様だった。その縛られた格好でソファベッドに仰向けにされている状態らしい。
河野はとっさに思った。巽はきっと、この会社内で犯罪行為をしようとしているにちがいない、と。金目のものはろくにないから、盗む価値のある企業情報を、パソコンからデータをコピーするつもりだろう。もしそんなことが成功すれば、河野は犯行に手を貸していなくても、クビだ。せっかく採用されたばかりなのに、冗談じゃなかった。
下半身に乗っている巽をどかすため、思いきり体を跳ねあげたが、ソファベッドが軋んだだけだった。レスリングで鍛えた巽の肉体はびくともしなかった。
「河野さんの怒っている顔、思った以上にソソるなぁ」
いままでに聞いたことがない熱っぽさと、粘性のある声音で話す。巽は落ち着いているように見えた。こういう犯行に慣れているのかもしれない。場合によっては、これ以上危害を加える考えがあるかもしれないと気づき、河野は沈黙した。
無言で、澄ますともなく耳を澄ますと、エアコンの稼働している音が聞こえた。確かに仮眠室は温かかった。暖房が効きすぎて、暑いくらいだと思った。
「河野さんは、照れ屋で強情そうだから、こうするのが一番イイと思ったんすよ」
ネクタイが警備服の上着から引き抜かれる。
河野のネクタイを、巽は掌に乗せ、言った。赤茶色のネクタイを指ではさみ、軽くしごくように、上下にこすっている。ニヤつきながら巽は、ネクタイをもてあそびつづける。河野は訳がわからなかった。呆然として、自分とおなじ濃紺の警備服姿の青年を見あげる。
「最初に会った日から、あんたの姿を、ずーっと見てた。椅子に座ってるときとか太腿が太すぎて両脚が閉じないのが、ムッチリしててたまんなくて……」
表情はニヤついているが、巽の眼は真剣だった。上唇を舌でなめながら、聞いたこともないほど甘い声で話す。河野は顔を強くしかめた。
こいつは、マジにホモなんだ……。
やっぱり、と納得する気分のほうが強かった。大学の部活で、それっぽいヤツがいたのを思い出す。だが、それ以来、身近にホモっ気のあるヤツはいなかった。
「河野さんて、一応ノンケみたいだけど、ホントんとこは微妙だと、俺は思ってんすよ」
こいつは、自分を棚にあげて何を言い出す気なのかと、河野は突然こんな目に遭っていることよりも驚いた。その彼の表情を楽しむみたいに、なめるように凝視しながら巽は平然と言った。
「ここんとこずっと、俺の態度にいちいち過剰反応する河野さん、可愛かったぜ」
男から、面とむかって可愛いなんて言われたのは……学生のころ以来だ。部活では、仲間たちからふざけて言われたこともあったが、冗談でもこんなことをされたことはない。河野はさっきよりも大声を出す。
「あんな妙なことばかり言われて、気にしないほうが変だろ。いいから早く、俺の手と脚をほどけ！ 仕事中だぞ！ わかってんのか？ おい！」
「もちろん、わかってるっすよ」
ひらきなおった青年のふてぶてしい声を聞いて、ゾクリとした。
「あんたが、俺が見ているのに気づいてるくせに気づかないふりしてたの、なんかすんごくエロくて……これでもだいぶ我慢してたけど、もう、ムリって感じ」
河野のズボンのポケットへ、巽は手を入れ、例のディルドを探り出した。
「やっぱ見つけてくれたんだ。これ、どうするつもりだったんすか？」
顔の前で、肌色の棒を左右にゆらされる。
ディルドを見せつけられ、体は、動揺のあまり硬直していた。巽はこの会社で犯罪行為をもくろんでいたわけでなく、たんにおふざけがしたかったわけでもない。ようやく河野にも、この青年の意図がわかりかけてきた。
同性の、しかもずっと年上の自分へ対して、信じられないような欲望にかられているらしい。
「河野さんのことだから、あそこに置きっぱなしにはしないと思ったとおりだ」
ネクタイからようやく指を離し、警備服の上着の裾のほうからボタンを三つだけ外す。上着をまくりあげ、ズボンの前立て部分を明かりのもとへさらした。
「これ、河野さんは使ったことある？」
黙ったままなにも返事できずにディルドを凝視していると、巽はそれの先端を、彼の股間へむけた。つうっ、と硬い先端が、河野のまだなだらかな盛りあがりの形状をなぞりはじめる。
「河野さんのココ、着替えすんの早いから、いっつもちゃんと見らんなくて……」
警備服に着替えるのは、警備会社のロッカールームでしていた。そして社用車で勤務地のこの会社まで来る。日勤と交代すると、その日勤が河野たち夜勤のガードマンが乗ってきた社用車で警備会社へ帰っていく規則になっていた。警備会社のロッカールームは、出勤時間がおなじガードマンたちで混むから、まさか自分がそんな目で見られていたとは思わなかった。
いまさらながら河野は困惑し、頬のあたりが熱くなる。
「どのぐらいの長さで……」
先端のゆるく尖った部分が、まさに彼の先っぽあたりに押しあてられた。肌色のシリコン棒の硬さを、すこし感じかけて、息をとめた。
「どのぐらいの太さで……」
ディルドを押しつける力が強くなって、固い布地が小さな谷間をつくるように窪んで、ズボンの奥に隠された河野のお宝の反応を見ようとしている。
「どんなカタチしてんのか、って……」
グッと、先端を押しつけながら、巽はファスナーの周囲をアレの形状にあわせて、細長い楕円を描きながらぐるぐるなぞりはじめた。目立っていなかった股間が、だんだん隆起してくる。握ったディルドの先端で、制服の上から雄の膨らみをじっくりとなぞりながら、巽が、自分の表情を真剣に見つめていることに気づいた。
その河野の視線を感じたのか、青年はささやいた。
「河野さんて、メッチャ俺好みの男前なんすよ。眼がさ、すっきりした男らしい形してて、でも目尻がちょっぴりタレてっとこが、すげえ俺のタイプ」
こんなことを普段の状態で、例えば居酒屋へ飲みにいったときにでも言われたならば、ただの冗談だと流しただろうと、河野は思った。
「笑うとやさしい顔になんのに、めったに笑わないのも興味あったし」
言いながらシリコンの棒を動かすのはやめない。ひたすら耐えようとしても、布の上からディルドで絶妙に圧迫される刺激を、彼の男性器は歓迎していた。
「やっぱ、溜まってんだよ、あんたは。奥サンに逃げられてから、そうとうしてないんすよね？」
はっきりとしてきた股間の盛りあがりを、熱い視線で見つめられる己の状況に、河野はかなり羞恥めいた気分を感じる。
「でさ、さっきの質問、も一回するけど、河野さんてディルド使ったことある？」
彼は首を横にふった。
「奥サンにも、自分にも使ったことない？」
今度は首を縦にふった。
「じゃあ俺が最初に、張り形の味を、あんたに教えてやれるんだ」
嬉しそうに巽は言った。若い雄のむせるような情欲で、野性味のある両眼がギラギラしている。河野は、ぞっとした。自分は男だが、男でも強姦されることがあるんだと、実感しかけていた。体格のいい自分が、そういう対象になるなんて、やはり学生時代以来、感じたことはなかった。ラグビーをやっていた頃は、部員同士で掘ったとか掘られたとかの、噂を聞いたことはあったが、河野自身はそんな目に遭ったことはない。後輩部員から告白されたことが一回あるだけだ。もちろん断って、それ以降あとは何もなかった。
それなのに、この年齢になって、こんな若い男に襲われるとは。
リストラされてから、ろくなことがなかったが、いまの状況は、まさに最悪だった。想像したくない最悪の事態は、なんとしても避けたかった。
「た、巽…っ……！」
かすれた声で叫んでいた。からからに口の中が渇いていることに気づいた。息を吸い、唾が出るように舌を動かして、すこし溜まったそれを、ごくりと飲んだ。これでかすれ声にならず、自然な、いつもの声が出るはずだった。
「も、これぐらいで勘弁してくれ、な？」
どうにか落ちついた大人の声が出せた。もっとも、言ったセリフは情けない。そう、情けなかったが、下手に出るのがいまは一番だ。
「なんか俺のこと……いろいろ気にしてくれてんのは、もうわかったから。そろそろ仕事に戻んなきゃ、マズイだろ？」
河野としては、ここで引きさがってくれたら、なかったことにしてやると、言外に告げたつもりだった。
「んー、どうすっかなー」
「……俺、腕痺れてきたし、頼むよ、な、巽」
ダメ押しをするように懇願のまなざしで下から見あげる。しばらくして巽は、ディルドを彼の股間から離した。ほっとして、河野はガムテープも剝して欲しいと身をよじる。
「ん～、もうこんなにテント張ってんじゃ、こっちのほうがいいっすね」
ディルドをズボンのポケットへしまい、巽は警棒を腰から取り外した。
「この太いので、グリグリしてやるぜ」
言いざま、カーボン色の警棒の丸みのある先端を、河野の股間へぎゅっと強く押しつけた。
「んむっ……」
痛みをともなった刺激だった。
解放するどころか、青年はますます愉悦の表情を色濃くする。
「な、なあ、こんなことして、会社にバレたらどうすんだ？ おまえだってヤバイだろ？」
制服の布がピンと張りつめて、河野の男性器はまずいくらい膨張しはじめた。直径五センチの黒い警棒で、その張りつめた布の周囲をこすられ、感じてはダメだというのに勃起しようとしている。巽は、警棒の先端をひねりつつ押し揉むようにして、制服越しに股間を圧迫する。
「おい、巽、すぐやめろっ……、っ……うっ」
痛みと、奇妙な興奮状態で、ますます性器が硬くなる。
「これぐらいでやめておけっつってんだろ！」
全身をよじって怒鳴っても、巽は軽く笑っただけだった。
「おいおい、河野さん」
盛りあがった股間を、警棒が数度叩いた。河野はうめいた。
「ホントに嫌だったら、こんなにテント張ってっか？ おい」
年上の人間に対する態度はぬぐったように消えていた。いやらしい恫喝がこもった言葉は、若い雄の粗暴さがいよいよ剥き出しになった感じがした。
「張り形と警棒でズボンの上からつついてやっただけで、すげぇ突っ張らせて……。なあ河野さん、あんたどれぐらいヤってねえの？」
恐怖感で舌が痺れたみたいになって、なにも言い返せない。
「奥サンが出ていく前から、だいぶシてないんだろ？ 自分で抜くぐらいじゃ、溜まって溜まって、しょうがねえもんな。あんたのチンポは、これから俺がたっぷり可愛がってやるぜ」
警棒でつつかれればつつかれるほど、股間が硬くなって熱くなる。
「ほら、あんまりデカくなっちまったから、早く表に出してくれって、河野さんのチンポ、暴れはじめてるっすよ」
ようやく警棒を腰の脇に戻すと、巽はすこしにじりあがり、彼の太腿をがっちりとケツの下に敷き、またがりなおす。河野のファスナーに指をかけ、ゆっくりとおろしていった。ファスナーを全部おろすと、前立ての布地を押しひろげ、下着の膨らみをあらわにする。
「へえ、今日は白か」
着替えを見られていたなら、いつも彼がどんな下着を身につけているか、巽は知っているのだ。河野はビキニブリーフを愛用している。色物と白を適当に履いていた。身近な同性愛者の青年が興味をもってそれを観察していたのかと思うと、胃のあたりがギュッと締めつけられるような、頭のなかがカッとするような、いままで感じたことがない恥ずかしい衝動に見舞われた。
「染みが、こんなにできてる……」
下着のにじんだ部分の匂いを嗅ぐように、巽は、股間へ顔を近づけた。
「よ、よせっ……、ぅ…っう……」
語尾がうめき声に変わる。下着のなかで痛いほど張りつめた男根を、はむっ、と
唇で生地の上から噛まれた。河野からは巽の制帽しか見えなかったが、若い雄の唇の動きを薄い布越しに感じて、あえぎそうになってしまった。
半勃起の太さを測るみたいに、柔軟な大きい唇で横くわえしている。温かい息がビキニブリーフを通して性器にかかっていた。
「またちょっとデカくなったっすよ。気持ちいい？」
思わず返事しそうになって、歯を噛みしめる。河野はまったく感じてないフリをして瞼をぎゅっと閉じた。反応が乏しければ面白みがないはずだ。マグロを悦ぶ男はまずいない。
「そうか。まだ全然なんだ。これぐらいの刺激じゃもの足りないんすね。あんた、根はそうとう淫乱だなぁ。もっとちゃんと触れって？」
クスリと青年は笑う。河野は驚いて眼を見ひらいた。
「よせ……、やめ……ろ……」
抵抗する声は弱かった。勃起しかけているモノを他人にさらす緊張と昂りで、警備服に包まれた全身がひりひりする感じがした。青年のごつい指が下着のなかへ入る。他人に触れられるのは、ひさしぶりだった。
つかまれた瞬間、陰茎がくねった。否応なく引きずり出される。汗と粘液でかすかに湿った生地と彼の性器がこすれた。白いブリーフから、ついに河野自身が剥き出しにされた。
「先っちょ、濡れてる」
巽はゆっくり上下にしごきはじめる。
指ばかりでなく、視線も粘っこくからみついていた。
「河野さんのチンポ、デケえなぁ。しかも、根元が太くって、亀頭の割れ目がムチっと窪んでて、すんげぇエロい」
摩擦に強弱がついてきた。肉幹をとりかこむ血管は脈打っている。
「……あ…ぁ、…ぁ、…ぁ」
噛みしめた歯の奥から、吐息のような甘いうめきが漏れていた。
とても気持ちいい。自分の男根をしごく他人の手がこんなに気持ちいいのは、初めてかもしれないと思っていた。自由を奪われ、まだ知り合って一カ月しか経っていない仕事仲間にこんなことをされて、感じはじめているなんて、嘘だろうとしか思えないのに、体は反応して熱くなっていく。
「俺にしごかれて、ビンビンに勃起してるぜ」
追い打ちをかける言葉をあびせながら、手首の動きを激しくする。巽の大きな掌は、河野の敏感な皮膚に吸いつくように、熱い。
みるみるうちに我慢汁があふれてきた。
亀頭の突端の尿道口から、透明な粘液がこぼれつづける。
「あぁっ……、あぁっ……」
声が殺せなかった。河野の我慢汁が、青年の指を濡らして、すべりがよくなった。亀頭の上まで包み込んだかと思うと、力強く一気に根元まで引きおろす。自分自身でマスをかくのとは、数段ちがう快感の激しさだった。こんなふうに、誰かにやって欲しかったんだと、ずっと心の奥で願っていた気さえする。
「あ…あ…ぁ……」
もうイキそうだった。
息が荒くなって、彼の警備服の胸郭が荒々しく上下していた。
「フル勃起のデカマラ、せっかくだから、記念撮影するっす」
イク寸前で、巽の手は離れた。手が離されても、河野の肉棒は、先端が赤黒く猛烈に張りつめてピクピクしていた。興奮を最大に高められたまま放り出されて、呆然と眼を瞠った。
「河野さんのチンポ、二十センチちかくありそうだ……。俺、こんなデケえの、生で見たの初めてっす」
巽は上着の内ポケットからデジカメを取り出すと、河野にまたがったまま数回シャッターを切り、さらに立ちあがり距離をすこしとって何枚も写真を撮った。フラッシュの閃光をあびているうちに意識がはっきりしてきて、股間を隠そうと体を横にむけたりしても、巽はまわりこんで別の体勢になったその姿勢を嬉しそうに撮影していた。
「本物のガードマンが制服着たまま、おっ勃たてたチンポさらして縛られてるのって、想像以上にエロい……」
たったいま撮影したばかりの画像をニヤニヤ確認している。
「……おい、その写真、どうするつもりだ？」
河野は不安で声がふるえた。
「そうっすねぇ、いろいろ使い道あるけど……。まずは、俺のオカズだな。守衛室でマスかくときに、河野さんの制服のズボンから、デカマラが、にゅっ、と突き出ててんのを見ながらするって、マジたまんなさそう」
そう言ったあと、懐へデジカメを戻して腕時計を見ている。
「巡回時間だから、俺いくっす。ちゃんと仕事しろって言ったの、あんただし」
「そんな……、巽……」
「あれ、チンポがちょっと萎えちまったかな？ 大丈夫、ここで大人しく待ってたら、もっと楽しいつづきをしてやるっすよ」
仮眠室に鍵をかけて巽は出ていった。
革靴が廊下にコツコツと響いて、すぐに遠くなっていった。
＜午後十一時＞
ソファベッドから、河野は上半身をやや苦労しながら起こした。巽は巡回だけは時間どおりにやるつもりらしい。急いで巡回するにしても、十五分はかかる。その間に、この部屋から逃げ出せるかもしれなかった。
河野は自分の状況を再確認した。両足は靴が脱がされ、足首から踵まで布ガムテープでぐるぐる巻きにされていた。両手は、手首から指先までガムテープで粘着されている。
剥き出しになった男根は、半勃ち程度におさまっていた。透明な粘液が股間の布地へすこしかかって、室内の明かりを淫らに反射している。
「あの野郎」
いまいましい。肉体の中心が熱い。どうしようもなく荒々しい気分だった。
「くそっ」
膝を深く折ってはのばし、腰から下を尺取り虫のように動かして、ソファベッドの端までたどり着いた。足を床へおろし、室内を見まわした。後ろ手に河野を拘束しているガムテープを切れそうなものはなにもない。つくりつけの棚があるが、そこには仮眠のための毛布類がたたんで置いてあるだけだった。
立ちあがると靴下越しでも床の冷たさを感じた。
そればかりか、立ちあがったはずみで、太く膨らんでいる充血した性器が、ズボンの上でブラリとふてぶてしくゆれてしまう。
「……ちっ」
落ち着きはじめた息で数度深呼吸した。だが、完全に萎えてくれない。なだめるのは諦めて、とにかくドアまで両脚飛びの要領で近づいた。
一歩ごとに、男根が太腿にビタンビタンとあたって痛みを感じる。太腿へあたるたびに、先走りが細くたれて制服に散った。
五歩ほど進んだとき、あやうく転びそうになり、全身を振り子のようにしならせてバランスを取った。
転んで大きな音をたてたら、巽に聞こえてしまうかもしれない。
さらに五歩進んで、ドアの前までたどり着いた。外から鍵が掛けられていても、ドアノブを内側からまわせば解錠できるはずだ。しかし、両手は指先までガムテープで拘束されている。
巽が出ていってから、たぶんもう五分は以上は経っていた。
したくはないが、口でまわすしかない。河野は、ひざまづき、口を大きくあけて、ドアノブを頬張った。制帽のツバがドアにあたって後頭部のほうへずれる。
「ん……んぐ」
冷たいステンレスのドアノブに歯をたてた。開きすぎた唇の端が痛かった。たちどころに涎が出てくる。滑って上手くできない。いらついた。唇も、歯も、顎も痛い。なによりも、無様な格好で、無様なことをしている自分が情けない。
猛烈に腹が立っていた。こんな目に遭わせた青年にとめどない怒りが湧いてくる。最低でも二・三発殴ってやらなければ気が済まない。それから屈辱的な格好を取られた写真のメモリーカードはぶち折って、デジカメもぶっ壊してやりたかった。
下顎に涎をたらし、うなりながら奮闘しているうちに、ガチッと、ドアノブの真ん中にある丸いつまみが飛び出て舌にあたった。膝でにじりながら動き、手前に開いてくるドアの間へ肩を入れようとして、河野は息を呑んだ。
「廊下は寒いっすよ。そのまま出たら河野さんのチンポ凍っちまう」
巽は革靴を履いていなかった。靴下だけになって、左手に靴を持ち、右手に缶コーヒーを持っている。仮眠室へ戻ってくるさい、革靴を脱いだのだろう。河野を仮眠室で待ち伏せしたときも、こうして足音をたてないよう、靴を脱いで移動したにちがいなかった。
「巡回は、やっぱ早めに切りあげたっす」
言いざま、巽は革靴を仮眠室の床へ放り投げ、缶コーヒーをズボンのポケットに入れた。
「さっきのつづき、して欲しいんすよね？」
河野の襟首をつかみ真っ直ぐに立たせると、背中に腕をまわし、同時に腿根へも腕をまわすと、巽は一瞬で彼の体を持ちあげ抱きかかえた。女みたいに抱きかかえられると思わなかった河野は、憤るよりも呆気にとられ、抵抗することを忘れていた。
ソファベッドへまたも仰向けに寝かされる。ベルトが外されて下着ごと膝下までズボンがおろされた。
「俺好みの雄臭ぇモッサリだ」
その、いったん外したベルトで、河野の両腿を縛るように、膝上で締め直した。
「あんたのチン毛、真っ黒で濃いし、ツヤツヤ」
さわさわと毛の表面を触られて、下腹の皮膚がムズムズした。彼の局部をじっくり見たあと、巽は棚から毛布を取ってきた。河野の腰の下へ、折りたたんだままの毛布を入れる。膝を折らされて、毛布の厚みで、尻がソファベッドのレザー面から浮きあがった。股間は裸にされたが、両脚を縛られたまま何をされるのか見当がつかなかった。
「河野さんて、缶コーヒー好きっすよね」
ズボンのポケットから缶コーヒーを取り出す。彼の好みの、砂糖とクリーム入りのを選んで買ってきたようだった。それを、河野の尻の下へ差し入れた。尻たぶに温かい缶が触れる。あまり熱くなかった。巽は缶コーヒーを仮眠室から出てすぐ買いにいったのだろう。ちょうどそれくらいの時間が経ったような熱さだった。
「この缶の太さって……」
尻の割れ目の奥まで缶をぐいぐい押しあてて、肛門へピタリとつけた。
「俺のチンポの太さに……」
思わぬ温かい刺激に、ヒクッと括約筋が反応した。
「わりと近いんすよ」
まさかこれを彼の尻の穴へ入れたいのかと、河野はぎょっとする。
「うそ……だろ」
「そりゃあ、ちょっと……俺のよりは太いかな」
「そうじゃなくて……。おまえ、なに、考えてんだ！ こんなぶっといの、入れられたら死んじまうし、絶対、入るわけないだろっ！」
「……馴れれば、入るんすけどね」
ニヤリとする青年の無謀な言葉に、河野は心底恐ろしくなった。
「バカ野郎……。絶対、絶対、無理に決まってんだろっ……」
「あんたには、確かにすぐは無理だろうな」
「わかってんなら、……おい、やめろって！」
温かい缶が小刻みに上下して尻の奥を摩擦する感触は、どうにも異様だった。唇に含む容器を、尻の穴にこすりつけるなんて、倒錯的すぎる。
「だから、ちゃんと入るように……」
つぶやきつつ巽は、河野の半萎えの陰茎を、空いている手で握った。根元の方をそっとつかまれて、思わず吐息を漏らしてしまった。
「アナルをあっためて、じゅうぶんほぐしたら……」
やはり自分を犯したいのだ。拒絶の意志を、まったく考慮する気はないのだ。
「あんたのケツを掘りまくって……」
このままだと強姦されるとわかっていても、敏感な器官を刺激されると快く火照って、心までゆるんでいく。
「俺のチンポの味、教えてあげるっす」
尻の穴が温かい摩擦を与えられているのも、だんだん気持ちよくなってくる。
「……んぁ……んうぅ…」
彼の亀頭が、巽の口にくわえられていた。
「ぅう…っ……」
じゅぶぅっ、と凄まじくいやらしい音がたって、それだけでおかしくなりそうだった。亀頭の先端を、唾液でじゅうぶん濡らすと、舌を這わせはじめる。ぬめりをおびた舌が、太い根元にまとわりついたかと思うと、肉幹を上へなぞりあげ、舌先をそよがせてチロチロとくすぐるようにおりていく。
「ぅっ……、くぅっ……」
あっというまに河野はそそり勃たせていた。完全に硬さを取り戻した肉棒は、若い雄の口腔で搾りとられるみたいに全体が吸いこまれる。
「……っぁ……っあぁ……っあああ」
喘ぎ声をひどく漏らしていた。刺激的な吸いこみに感じすぎて、ギンギンに勃起する。陰茎の皮膚がこれ以上のびないほど張りつめきって痛いぐらいだった。
男にフェラチオされて凄く興奮している。
恥ずかしくて呼吸が荒くなる。欲望が盛りあがってどうしようもない。さっきイケなかったぶん、先走りのあふれもおびただしいようだった。
じゅぶ、じゅぶっ、と巽が頭を上下させるたび、快感が高まっていく。
「はぁ……ぁっ…ぁっ…ぁ…」
腰が勝手にせりあがる。
ぶっ放したくて、ぶっ放したくて、もう我慢できなかった。
「おっと、ヤベえ」
寸前まで昂って硬直した性器から、熱い唇が離れていった。
「ぅ……うぅ……」
あと少しというところで、またもや放り出され、河野は泣き声めいた息をもらす。
いますぐ、イキたい。
このまま我慢させられたら、どんな刺激でもいいから、それを求めてなんでもしてしまいそうだった。なりふりかまわず腰を動かそうとすると、巽が両手で抑えつけてきた。
「あんがい辛抱きかないんすね。もうちょっと待って欲しいっす。あんた、男は初めてみたいだし」
言いながら、彼の体をうつ伏せにする。巽の腕から逃れようともがいたはずみで、河野の頭から制帽が脱げ落ちた。勤務中に、刈上げた短髪をさらすのは初めてだった。ソファベッドに頬をこすりつけて横をむいた顔を、じっと見られている。
「制帽かぶってる河野さんもカッコイイけど、帽子取った顔も、ソソるなぁ」
毛布を、今度は胸から腹の下へかけて入れ直され、膝を折って腰を後ろへ突き出す体勢にされた。
「これからじっくり、あんたのここを、ケツマンにしてやるぜ」
指が、すぼまりをつつく感じがして、河野はビクリと緊張した。
「たっぷりローションをぬって、本格的にほぐすんで、いっぱい声あげていいっすよ」
背後で、ぬちゅっと音がした。
「まず一本」
ヌルヌルしたものが触れた。締まりとヒクつき具合を確かめるように、表面をなでている。
その甘い刺激が気持ちいい。
下腹を打つほど屹立した肉棒も、巽の指が尻の穴へ触れるたびに、ドクッ、ドクッ、と脈打った。
「ホントに初めてなんすよね？」
嘲笑の響きに、恥ずかしさのあまり黙っていると、指の腹で、より愛撫された。
「触っただけで、すげぇヒクヒクしてる……」
つぷん、と指が挿入された。
「……う…ぁ」
入り口のあたりを、しずかになでたあと、奥まで入れると、しばらくじっとしてから、ゆっくり抜いた。何度もそれをくりかえす。時間をかけて指が出入りする感触にしだいに馴らされていった。
「二本入れるっすよ」
圧迫がすこしあった。ねちょ、くちゅ、と粘膜とローションのからむ音がする。
「あぁ……ぁ」
はじめのうちは、まるで一本の指みたいに二本の指はくっついたまま動いていたが、ふいに、チョキをするように、なかで開いた。開いたり、閉じたりした。
変則的な圧迫感が連続するうちに、肛門の周辺が熱くなってきた。
「そんなにこれがイイんだ。マジ淫乱の素質あるっすよ。ほら、俺の指飲み込んだまま、ケツふって」
そんな恥ずかしい真似できるわけない。淫乱扱いされるのも屈辱だった。河野がじっと耐えていると、シャッターを切るデジカメの音声が背後からした。
「ぁ……よせっ……」
よりによって、指を挿入されている尻を撮られてしまった。顔は写ってなさそうなのが救いだが、さっきから撮られている写真と連続して見れば、誰かは一目了然かもしれない。
「……くっ……ぅ」
憤りと不安に苦悶していると、それまでやんわりと快い刺激だった揉み込みが、ある部分で急に強い感触になった。
性器の根元の裏側あたりの場所に、指先があたっている。巽の指が、揉むようにしてそこへあたるたびに、腹の下で勃起したままの先端から、いままでよりいっそう、たらたらと粘液が滴りつづけた。
「……ぅあっ……」
知らなかった性感を、河野は覚え込まされようとしている。
「っああ……」
熱いのと冷たいのが、交互に押しよせてくるような……。
「っあああ……」
強烈な痺れと鈍痛がねじれてからまりあっているみたいな……。
「ぁあああ……」
体内に受けている刺激で、亀頭はヒクつきながら粘りけのある体液を漏らしつづけていた。肛門の奥の粘膜を揉まれているうちに、指の動きを求めて、河野の腰が自然にくねりはじめる。
「ここをこうされるの、初めてのくせに、ケツふってモロ感じちまってるじゃないっすか」
恥ずかしいことを言われても、指の動きに反応し、腰が大胆にくねってしまう。
「俺に指突っ込まれて……河野さんは制服の上着だけ着たまま、ケツ剥き出しにして、完勃ちチンポから我慢汁こぼしまくって、マジ、エロすぎっすよ」
ヌプ、クチュ、クチッと、指の出し入れがじょじょに激しくなった。長い時間そうやってほぐされ、はっきりと紛れもない快感を、強く感じはじめていた。
「前立腺マッサージ、気持いいんすね。たまんねえ感度してんなぁ。……指三本に増やしてやるっす」
耳元でささやかれて、電気が走ったような怖気が後頭部から背筋をつたった。
「……っふ……くぁ」
いったん抜かれた指が、さらに本数を増やして挿入される。つらい圧迫感に、言葉にならないうめきが漏れた。
ひろげられ、存分にいじられて、熱い痺れが浸透していく。
不覚にも涙がにじみはじめたころ、巽の指はようやく抜けていった。
「指はこれぐらいにして」
耳の穴へまたしても吹き込むように言った。脳髄までゾクリと痺れた。
「次は張り形で馴らさないと」
ローションをたっぷりぬりつける濡れた音を聞くと、おぞましいことに彼の肛門はムズムズした。嫌悪感を感じながら疼いている。彼の尻はすでに馴らされかけているのだと、否応なく認識するしかなかった。
河野はこれ以上悶えまいと、歯を食いしばった。
「ケツの穴、いい具合にほぐれたの、わかるっすよね？」
棒の先端でつつかれた。反応した肉襞が、小さく開閉をくりかえす。その開いた瞬間を狙って、細長いディルドが入ってきた。巽の指三本分より太くないが、指より奥まで届いた。その全長を、ゆっくり抜き差しされた。
「ん……くぁ……」
指とはまた違った感じで尻のなかの粘膜が、こすられる感触を鮮明に感じてしまった。巽の片手が、下腹にまわし込まれた。反った男根がやんわり握り締められる。
「……うぅ」
じっくり焦らすようにしごかれはじめた。亀頭をまずなでまわし、ゆっくりおりていく。根元を愛撫するときは、睾丸も柔らかく掌で包んで、その弾力を指先で味わうように揉み込まれた。勃起が猛烈にひどくなる。
「あんたのムッチリした亀頭が、我慢汁でトロトロだ」
巽の指が、先走りに濡れながら、ねっとりと動いていく。ディルドの挿入にあわせて、若い雄の手は、河野の膨れあがった逞しい脈動を握り上下した。
「っぁ……、っぁあ……、っぅあ……」
自分でも信じられないような、か細いあえぎ声をあげつづけていた。
「おら、ちゃんと感じてんなら、もっと声だせ」
急に乱暴な言葉になった巽が、いやらしい指づかいで、ねじるように彼の肉棒をしごきながら、ディルドを鋭く突き入れてきた。
「っ……くぁ……」
これ以上、感じるのは嫌だった。同じ男から、それも十歳も年下のヤツから、尻に張り形を突っ込まれて感じるなど、男として耐えられない。
だが、異物が肛門を行き来する感覚は、おそろしく呼吸を荒くする。排泄の快感とも違う、かつて知らなかった官能を、開発されようとしているのがわかった。このまま勃起した性器を激しくしごかれたら、尻にディルドを挿入されたまま河野はひとたまりもなく絶頂に達してしまう。
限界は、近かった。
＜午後十二時＞
射精できそうで射精できない。ぎりぎりの恍惚感が引きのばされて、長い時間が経ったようだった。
延々と限界を強いられ、河野の意識は虚ろに混濁しはじめていた。
「もう巡回の時間だ。張り形の味、だいぶ気に入ったみたいだから、俺が巡回してる間も、入れておくっすよ」
うつ伏せだった体が仰向けに戻される。奥までディルドを埋め込むと、膝上で留めていたベルトをいったん外した。膝下までおろしていたビキニブリーフをもう一度履かせられる。反り返って青筋が立っている男根は、ブリーフのなかへ無理やり押し込められた。
だが、押し込められたとたん、白い生地を猛烈に押し返すと、亀頭がブリーフの縁から、ずりゅんっ、と飛び出してしまった。
「あんたのデカマラ、パンツ突っ張らせて、カリ首はみ出して、たまんねぇ」
その姿を、また何枚も写真を撮られた。河野は顔をそむけるのも忘れていた。
巽はそんな彼を見て微笑み、ベルトでふたたび膝上を縛る。毛布の類が置いてある棚からタオルを取り両手をふくと、いままで河野の体の下に敷いていた毛布を、巽は彼の体の脇へ置き、部屋を出ていった。
一人にされ、ぼんやりと河野は、巽の微笑みが、初めて会ったときのそれに似て見えると思った。まだこれから未来がある青年の翳りのない瞳だと思っていた頃のだ。リストラで人生に挫折しかけた河野には、自分へむけられた青年の視線が、純粋な好意にあふれるまなざしに感じられて、とても嬉しかったのだ。
まさかこんなことをされるとは……。
とはいえ、意外さのなかに、どこかで意外には思っていない気持もある。巽の眼が、欲望の色を濃くするようになってから、こういう事態を心の隅で予期していた自分も否定できない気がしはじめていた。
もしも自分が、こんな快感を期待していたのだとしたら……。
「……っ……く」
尻たぶに力を入れ腰を浮かせると、微妙にディルドの端が、肛門から出てくるが、ブリーフへあたって途中でとまる。いつまでも腰を浮かせていられなくて尻をソファベッドにおろすと、またディルドは尻のなかへ戻ってしまう。こんなことをくりかえしていたら、ディルドを使って、アナルを自慰するも同然だった。
深くしずかに息を吐き、興奮しきった己の性器へ視線を向けた。
赤黒く充血した亀頭は、透明な汁を、涎みたいにたらしている。先走りを漏らしすぎて、下腹一帯はねとついてべかべかしていた。ブリーフから頭を出している男根を、体の脇にある毛布でこすれば、すぐにイケそうだと思った。
体を横にして、腰を前後にふるだけで、毛布へ亀頭を突っ込める。
もう待てない。彼の長太い肉棒は、いますぐイキたがっている。
ぶっ放したがっている。
「……はぁ……はぁ……っぁ…」
ゆるく、腰が動き出した。動物的な荒々しい息で、喉が焼けるように熱い。両腕と両脚を縛られたまま、腰を前後にうねらせた。
「っく……」
とたんに尻に違和感が生じる。腰をふるたび、肉襞がくわえているシリコンの棒が、体内におぞましい摩擦を伴奏する。
「ちく……しょう……」
前に集中できなかった。後の刺激が気になって、変になりそうだった。認めたくないが、かつてなかったほど発情している。もともと河野は遅漏ぎみだった。挿入してから一時間ちかくもってしまうことがたびたびあって、それで妻に行為を嫌がられたときがあった。彼の勃起しきったサイズは大きすぎると、風俗嬢に困惑されたこともあった。
河野の性器を、あんなにいとおしそうに愛撫したのは、巽が初めてだ。
自分にそのケがあるとは考えたくない。
しかし、尻の穴までいじられて、こんなに激しい逐情感にさいなまれている。
まちがいなく尻が感じている。
尻からもたらされる感触が、遅漏でいつもは簡単にイカない河野のずる剥けのチンポを狂おしいほど興奮させていた。
「ぁ……ぁ……くぅぁ……」
焦れすぎて、全身にじっとりした汗をかいている。我慢できずに、腰をゆらした。
しずかに、ゆらしてみた。ディルドは少し動く。シリコン棒の微妙な上下にあわせて、尻の穴がもの足りなそうに収縮した。
肛門の肉襞の蠢きに、河野は懊悩する。さらには、カリ首の下をブリーフのゴムが圧迫している刺激にも、たまらなく悶えていた。ゴムとこすれるたびに、張りつめた亀頭の粘膜がピクピクする。
腰を動かすにつれ、甘い痺れを体の奥まで鋭敏に感じるのに、イクためには、そこから最後のラストスパートが必要だった。射精へ導くための猛烈な刺激が欲しくて、逆にますますイケなくなる。
自分で自分を責めさいなむ悪循環がつづいていた。
＜午前一時＞
おかしい。巡回時間は、とっくに終わっているはずだった。
「あいつ……」
朝まで戻って来ない気かもしれない。河野をこのまま放置し、いたぶる気だろうか。ズキズキする股間は爆発寸前だ。
充血した性器のあらゆる部分が、彼の体液で湿った下着にこすれ、淫猥な快感を感じすぎている。男根も睾丸も熱を持って腫れ疼ききっている。
こんな状態が何時間もつづいたら、頭までおかしくなってしまう。
朝までなんて我慢できない。
早く、戻ってきて欲しかった。一分でも早く。
「巽ぃ……」
すすり泣きめいた声が漏れて、歯を噛みしめた。
＜午前二時＞
頬は悶えの涙で濡れ、下着は先走りでどうしようもなく湿っていた。顎には涎のあとがついて、舌はからからだった。夕方、出勤前に剃った髭が浮いている。ソファベッドのレザーに頬をこすると、顎にかけてザラつきを感じた。
時間の感覚は、なくなっていた。
真夜中のような気もするし、明け方ちかいような気もした。
股間はもはや疼きすぎて痛みを覚えている。刺激が足りず絶頂を迎えられないのがつらすぎて、毛布に亀頭を何度かこすりつけてみた。
一気に強く腰をふってもみたが、その瞬間の、肛門へのディルドの摩擦は強烈で、とても耐えられなかった。
河野が快楽を感じたいのはあくまでも男性器でのみで、こんな有様で尻の穴では感じたくないからだ。
「……巽……？」
幻聴かと思った。コツコツと、廊下を歩く革靴の音が、かすかに聞こえる。足音は、二階フロアーの各部屋でいったんとまっている。巽はきちんと巡回しているのだ。非常階段まで行き、仮眠室の前で足音がとまる気配がした。
待ちかねていた瞬間だった。ドアが開く。
「パンツ突っ張らせたまんま、ちゃんと張り形くわえてたみたいっすね」
巽は懐中電灯を消すと、部屋へ入ってきた。河野の眼は、自分へむかって近づいてくる青年の股間に釘付けになった。警備服のズボンは驚くほどテントを張っていた。
「あんたの尻が、俺を欲しがるまで、我慢してたんすよ。でも、俺も、限界」
懐中電灯をソファベッドへ置くと、巽は河野の上体を引き起こし、腰かけさせる。白い下着からはみ出た亀頭の実りきった状態を眺めつつ、巽はズボンのファスナーをおろした。
「河野さんのパンツ、染みだらけだ。俺が欲しくてたまんなかったんすよね？」
自分の前に立つ青年を見あげた。あらためて見ても、野性味のあるガッチリした体つきの若い雄だった。そのギラついている全身は、欲望でむせかえっている。
股間が信じられないほど突っ張って窮屈そうだった。そのズボンのなかから、巽はゆっくりと、勃起した性器を取り出した。
赤みの強い亀頭が大きく張り出した野太さで、湯気でもたっているのではと思うほど生々しい照りがある。
根元を指で握ったまま、河野の鼻先にそれを持ってきた。巽は指で支えるように持っているだけなのに、彼が見ている前で、大きさと硬度を増している。
「ほら、俺のチンポしゃぶれよ」
巽は微笑んだ。あの翳りのない瞳に、卑猥な表情が浮かんでいた。
河野は魅入られ、唇を開いていた。
初めて、男のモノを、くわえた。
雄の性器のむせかえる匂いが鼻孔いっぱいに満ちた。
「ん……んむ」
半ばまでくわえるのがやっとだった。少し、しょっぱい味が舌にひろがった。巽の男根の味を感じて、唾液が舌の奥からにじんでくる。
唾液で口のなかが濡れ、河野は自然に舌で肉棒をくるんでいた。
先端はすべすべで柔らかい。なめればなめるほど膨らんでくる。夢中でなめているうちに、ボリューム感のある亀頭で、口腔の奥がふさがれた。
「……ぅん……ゔゔぅ」
生臭い熱がこもった。勃起しきった男根が、より強い快楽を欲しがって河野の口を使いはじめた。巽の腰が前後する。舌の付け根まで、先端をあて、あふれる粘液を彼の喉へ流し込んだ。
「んぐ……っ……ぅぐ」
先走りと唾液が口の端から漏れ、ぬちっ、ぐちゅっ、と抜き差しの動作の濡れた音が部屋中に充満する。
「おっと、ヤベェ、出るとこだった……」
興奮した息のまま、腰の動きをとめる。河野の口から、透明な粘液の筋を引きながら、大きく反った肉棒を抜いた。
「おら、ケツを可愛がってやるぜ」
またも、うつ伏せにされる。足首のガムテープが引き剝された。両脚から完全にズボンが下着ごと脱がされた。ビキニブリーフの圧迫がなくなったとたん、河野の男根は勢いよくソファベッドの表面を叩いた。ディルドも尻の穴から引き抜かれ、ヌルッと粘膜の逆らう刺激に背筋がたわんだ。
解放感と不安感が一挙に押しよせる。
折りたたんだ厚みのある毛布が、胸と腹の下へ入れられた。膝を折り、腰を突き出すような体勢にされるのは、ディルドを入れられたときと同じだったが、今度は、下半身は素っ裸にされている。
河野は前と同様に顔を横にむけていた。背後で巽が、怒張した彼自身へローションをぬっているのが見えた。
大きさも太さも、ディルドの比ではない。
あんなのが、本当に自分の尻へ挿入されるのかと思うと、頭のなかが真っ白になった。覚悟がつかない。
アレを自分が受け入れるのは、やはり考えられなかった。
「ま……待て……。やっぱ……それは……」
抵抗する言葉が上手く出てこない。それでも必死に言い募った。
「やめ……やめろ……」
内腿がなでられた。両脚を開かされ、太腿の間に巽の下半身が割って入ってくる。
「河野さんの初釜、頂戴するっす」
尻たぶがなでられた。思わず体がすくむ。片手で腰がつかまれて、尻の割れ目をヌルヌルした亀頭が上下した。
すぐに入ってくるかと身構えたが、そうならない。巽はガチガチに硬い怒張で、彼の肛門を時間をかけてねぶるようにこすりつづけていた。
「ぅ……やめ……ぁ……ぁ」
なじませるために、念入りに亀頭で愛撫しているようだった。
「こんなに好きそうなケツしてても、初めては怖いんすか？」
河野は、チクショウ、と喉の奥でうなっていた。
自分はイキたいだけだ。掘られたいんじゃない。そんなことは嫌に決まっている。
なのに、そう思えば思うほど、下腹で勃ちきった性器はギンギンに猛った。かつてないほど最高に興奮して先走りを漏らしている。
「……っ……うぁあ」
最初の突きが訪れた。肉襞の反発する弾力を愉しんで、涎をたらした亀頭が何度も突いてくる。攻撃の頻度がじょじょに強まって、しだいに河野はおちていく。
若い雄の熱い先端と密着するたびに、気持のいい甘い痺れが走った。
もう、拒みきれなかった。
＜午前三時＞
亀頭が、肛門の粘膜をさぐるように、もぐり込んだ。ぐっ、と肉襞が拡張していく。痛みとともに、不自然な、本来ありえない圧迫を感じていた。
「ぅ……んぐぁ……」
深く一突きされた。巽は腰を強く押し出し、ずぶずぶとゆっくり挿入しはじめる。挿入が深くなるにつれて、小刻みな抜き差しに変化した。少しずつ尻の穴が犯されてひろがっていく。
「……お……ぁぅう」
どちらのうめきともつかない雄の声が部屋に満ちた。
河野は鳥肌をたてて、巽を受け入れていた。
奥へと圧迫感が強まると、背筋になんとも言えない感覚が走った。
ザワザワと肌に異様な怖気を感じているのに、逆に、熱いなにかが腰の奥で隆起し、肉棒の芯を硬くする。
「ああ、すげぇ、キツい。河野さん、たまんねぇ締めつけだぜ」
とうとう、こいつに突っ込まれてしまった。尻を掘られてしまった……。
同じ言葉が頭のなかを渦巻いて、それを吐き出すみたいに、声をあげはじめた。
「うぁ……うぁ……ぁぁ」
尻が、内側から突きあげられた。根元まで太い男性器が埋まった。
次の瞬間、ずるんっ、とカリ首までをなかに残して引かれ、強烈な痺れを感じさせられた。後ろ手に縛られたまま、河野は肩甲骨をよじって悶えていた。
ふたたび奥まで押し込むと、巽はいったん腰の動きをとめた。
「これからじっくりケツを掘って、俺のチンポの味をもっと教えてやるぜ」
それからしばらく、時間をかけてゆっくり抜き、小刻みに埋め戻す。
「……ぁう……ぅ」
巽は若さに似合わない律動をくりかえした。河野を貪るための、いやらしい慎重さだった。
＜午前四時＞
鈍い、焦点のない官能が、尻の奥からにじんできた。
熱く濡れるような変な感覚だった。
「ぁ……うう」
耳に、巽がキスをした。河野の背中におおいかぶさっている巽は、警備服の乱れた上着のなかへ手を差し込む。さらにワイシャツのボタンの合せ目へ指を入れ、彼の胸元をまさぐった。
「ラグビーやってただけあって、まだまだ体の均整が取れてる……」
耳殻の真ん中へ、舌が這い込んでくる。複雑な動きで舌先が愛撫している。ぞくりとして息が乱れそうになり歯を食いしばって耐えた。
「河野さんの胸、張りのある筋肉がついてて、汗に濡れてて、しっとり手につくぜ」
シャツの内側へ入り込んだ指で、乳首が揉まれ、電流のような刺激が体の芯に走った。閉ざしきれない唇の隙間から、思わずあえぎが漏れる。
「すんげぇ、俺のチンポに絡んでる……。あんたの尻は、もう立派なケツマンだ」
屈辱感を刺激されて、ますます勃起が激しくなった。尻のなかへ、巽の性器を挿入されてから、河野のモノは触れられていない。
いつのまにか荒っぽく腰が動いていた。ジュクジュクと、結合した部分から音が漏れていいた。尻の穴は、若い雄の太い肉棒で摩擦され、押しひろげられて濡れ濡れに充血している。
ぬり込んだローションよりも、巽の亀頭が滴らせている粘液のほうが凄い感じがした。
「そろそろ最初の種付けするぜ」
緩急をつけて腰をまわしてくる。グチョグチョと粘膜をかき乱す音がひどくなっていった。そうされながら、乳首が指の腹でころがされ、また電気が走ったような刺激に息がつまった。
「へえ……。チクビ、かなり感じるんすね。ケツマン開発しちまったから、感じやすくなっちまったのかな？」
おもむろに巽は腰を引くと、河野の前立腺を突きはじめた。
「ひ……っ……」
尻のなかで、そこを突かれると一番感じた。脳まで痺れる。
うねる腰の動きは、どこまでも強引で、抵抗できない。セックスで相手から好きなようにされる快感を、初めて覚え込まされようとしていた。
「ぁひ……っ……っ」
猛烈な快感に追い立てられまくる。青年は思う存分、尻を犯していた。男根の全長を使って抜き差しする。ズブリと突きたて、深々と貫いたかと思うと、乱暴に引き抜く。奥までハメ込まれるたびに、巽の大きな睾丸がペチペチとあたった。
「おらおら、ぶっ放すぜ」
数度、荒々しく腰をふり、最奥まで突っ込んで動きがとまる。河野の体内で、若い雄の性器がいやらしく膨らみ、その直後、大量の精液が注ぎ込まれた。
ドクドクと、子種を送り出す脈動が、密着した粘膜をとおして生々しく伝わってきた。
「……ぅ……ぅっ」
膨らみきった肉棒が、尻のなかでおそろしく熱い。若い雄は射精しつづけている。
河野は完全に犯されていた。
＜午前五時＞
巽は体位を変えながら、若さにまかせて三度、河野に種付けした。
尻の割れ目の奥は、白く泡だった体液でねばついている。キツかった締まりは、彼を犯すモノに吸いつくようになった。
その吸いつく粘膜を、にゅちゅっと、こねるように指で突きながら、青年は言った。
「ノンケだった男が、ケツ掘られると立ち直れないほどショックを受けるっていうんすけど……」
指を受け入れたまま嗚咽を漏らす河野の顔を見つめ、ニヤリとする。
「俺にヤられて、ここが……ケツマンになっちまっても、河野さんの悶え顔って、雄臭くてたまんないっす」
三度目の種付けが済んだあとは、淫らにゆるんでいる充血した肛門へ、二本の指を出入りさせつづけていた。
「俺専用のケツマンに仕込んでいいっすか？」
両手首と両脚のガムテープはほどかれていたが、河野は体の自由が効かないほどグッタリとしていた。
「も……かんべん……して……くれ」
うわ言のように、つぶやきが漏れる。まだイカせてもらえないのも苦しかったが、それ以上に、巽に、尻を掘りまくられて、腰が脱力したみたいになっているのがつらかった。よりによって自分が、まともな大人の男の自分が、腰が抜けるほど姦られるなんて、いまだに信じられない。
「ゆるして……く……れぇ……」
指が、ゆっくり、名残り惜しそうに、抜けていった。
「……明日の夜も、たっぷりヤるから、このへんでやめておくっす」
いったん河野の体から離れたが、巽はすぐにまた、彼の体の脇へ寝そべった。
「河野さんのこと、すげぇ好き」
ささやきながら、彼の肉棒をしごきはじめる。ようやく、溜まりに溜まっていた欲望が、出口を求めて上昇していった。
「俺の手のなかで、デカマラをガチガチにして、かわいいっすよ」
強く摩擦されて、亀頭がたちまち最大限に漲った。急激で厚みのある快感が、河野の腰から全身を飲み込んだ。
「うぁ……あぁ……ぁぁ……」
盛りあがり、痛みを覚えるほど、精液が激しくせりあがってきた。河野の性器を大胆にしごく青年の掌は、灼けるように熱かった。手首の動きはますます速くなる。
硬い男根が脈打って、逞しく膨張した数瞬後、ドプッ、ドプッ、と白濁をシャツの上へぶちまけた。
絶頂に達したあとも、快楽に押し流された彼の肉体は、低い嗚咽を喉奥から漏らしつづけていた。
＜午前六時＞
タオルで河野の股間とシャツをきれいにふいたあと、巽は、彼に警備服を丁寧に着せ直す。最後に制帽を頭へかぶせると、ぎゅっと抱きしめてきた。体格のいい青年に強く抱きしめられ、うっとりとした気分になる。
河野は、これまで妻へ対して持っていた違和感の正体に、やっと気づいた。
唇に、巽の唇が触れた。
「あんたは俺のものっす」
はっきりそう言われ、河野は照れくさい笑み浮かべる。
「俺、河野さんの、その顔が見たかった」
そう微笑む巽の瞳を見て、彼もまた、これを求めていたのだと思い知った。この表情が気に入っていて、そして惹かれている。男同士で、男とするのを、本当は欲していたと、この若い雄の瞳のなかに、自分はひそかに感じていたにちがいなかった。
巽に肩組みされ、上体を支えられながら廊下を歩き、彼は一階の守衛室へ戻った。
使ったタオルと毛布は、巽が持ち帰って洗濯すると言う。毛布が一枚ぐらい無くても、誰も気づかないと青年は笑った。
朝日がブラインド越しに、白い筋となって室内へ差し込みはじめていた。
＜午前七時＞
巽は最後の巡回を数分前に終えていた。あとは日勤のジイさんと交替する時間を待つばかりだった。
気だるい体で椅子に座っていると、壁際で立ったままコーヒーを飲む青年からの視線を感じつづけ、どうしていいかわからず腕時計を何度も見る。
沈黙に耐えきれなくなって、訊いていた。
「……あの、デジカメの写真だけど、おまえ、本当にどうするつもりなんだ？」
じっと見つめ返され、質問が不適切だったかと思ったが、他になにを問うべきかも浮かばない。視線をそらすにそらせずにいると、巽の微笑が瞳にひろがる。
「俺の宝物にするっす」
声はきわめて真面目だった。
河野はただ、苦笑するしかなかった。
2006年12月30日発行コピー誌